認知症介護のための「嘘をついたあとの罪悪感」と上手につきあう方法

認知症 嘘 罪悪感

認知症の母は、嘘をついている。

厳密にいうと「認知症という病気」が、嘘をつかせている。

「夕方、かかりつけ医が家に来て、ハンコをもらって帰った」と母が言う。かかりつけ医は一度も家に来たことはないのだが、母は5年間そう言い続けるので、来たことになっている。

一方、介護者である私も嘘つきで、その数は母以上かもしれない。例えば、

  1. 母の妹の旦那が先日亡くなったが、今も元気と嘘を言う
  2. わたしの義母が亡くなったのだが、今も元気と嘘を言う
  3. デイサービスにきちんと行っていることを、かかりつけ医もデイ所長もほめていると嘘を言う
  4. 今も大企業の会社員として、介護休暇を使って頻繁に帰省しているという設定にしている
  5. 母から15時に電話が来たら「今、オフィスの廊下」と嘘を言う
  6. 盛岡の介護イベントに夜参加するときは、東京から会社の人が来たから飲みに行くと嘘を言う

たぶん、1冊の本が書けるくらいの嘘をついている。

ひとつ嘘をついてしまうと、次の嘘をつかないといけない。もしも、ひとつの嘘を段ボール1箱に入れられるとしたら、わたしの家は段ボールでいっぱいの状態で、ゴミ屋敷みたいになるはずだ。

その段ボールに火をつけて燃やせばキレイになるのに・・・と思うこともあるが、段ボールは絶妙なバランスで積みあがっているので、ひとつでも抜いたら、ジェンガのように崩れる・・・5年という月日がそうさせてしまった。

認知症介護をする人の嘘との戦い方

「認知症介護をしていて、嘘をつくことに罪悪感を覚える」

と言って、悩む人がいる。多くの人は嘘を突き通すことを苦痛に感じるし、正直に生きる、ありのままに生きるということが美しいと思っている。

確かに「嘘つき!」と言われれば、あまり言い気はしない。小学校の先生も、親も「自分に正直に生きなさい」とよく言っていた。嘘をつくことは悪いことと言われて育ったし、社会的にも「嘘つき」は信頼されない。

それでも認知症介護において、嘘は必須のアイテムだ。絶妙な嘘が認知症の母を鼓舞させ、ドラクエの呪文「ホイミ」のような役割を果たして、介護者を回復させてくれることもある。

わたしも、嘘をついて罪悪感でいっぱいになることもあった。でも嘘で積み重ねたゴミ屋敷も、長く住み続けるとなぜか心地よかったりするから不思議だ。

すっかりゴミ屋敷の住人となったわたしは、「あぁ~、それはそのうち使うから捨てないで」と、月曜から夜ふかしの桐谷さんみたいなことを言いだす始末。認知症介護においては、嘘のゴミ屋敷がパラダイスだったりすることが多々ある。

先日、訪問看護師さんが面白いことを言っていた。

訪問看護師さん
たまに帰省したご家族が、認知症のご両親に正論をぶつけまくって、わたしたちが築いた関係を崩すことがある

訪問看護師さんが認知症ご本人と作り上げた「心地いい嘘の世界」を、東京から帰省した息子や娘が「事実」でめちゃくちゃにしてしまうことがよくあるのだそう。たまにしか会わない家族は、時間をかけて丁寧に作り上げた心地いいゴミ屋敷を汚いと思って、掃除してしまうのだ。その家族は、元ゴーストバスターズのメンバーかもしれない。

「嘘も100回言えば真実になる」

という言葉を聞いたことがあると思う。このことわざに近いことを実践した研究がある。

例え間違った内容のことでも同じことを何度も耳にするうちに、人はやがてそのことが本当であると信じるようになる・信じたくなる現象があることがさまざまな研究から明らかになっています。
引用元:http://gigazine.net/news/20161031-illusion-of-truth-effect/

コマーシャルや政治家の演説の手法で用いられるそうだが、その嘘への接触回数が増えることで親近感が湧くのだとか。

わたしの嘘は100回を軽く超えたので、自分の中では「嘘が真実」に変わっている。だから罪悪感みたいなものはもうなくて、違和感なく日常にじわっと溶け込んでいる。

認知症介護でよく使われる「嘘も方便」という言葉に、わたしは少し違和感を覚えている。なぜかというと、この言葉には「たまには」嘘をついてもいいよというニュアンスが含まれているからだ。申し訳ないけど、たまにというレベルでは足りない。わたしなんて、1日何回嘘をついているか・・・。

「嘘も方便」といって認知症介護者を慰めることがよくあるが、ここは突き抜けて「100回を超えるまで、嘘を突き通して真実にしてしまえ!」と言ったほうが、介護者にとっては現実的だと思う。たとえ365日エイプリルフールだとしても、ピノキオのように鼻は伸びないから、安心して嘘をついて欲しい。

今日もしれっと、しれっと。

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4 件のコメント

  • くどひろ 様
     コメントするのはとても久しぶりです。(ブログは愛読してますよ~)

     私も週三回母のところに通い介護している身です。今日も何回かの嘘をついてきました。

    ①もう何度も何百回も聞いた母の話をまるで初めて聞いたかのように聞く(正直、飽きてます。しかし、認知症が進み話がこんがらがってくるので、修正もしてあげます。)
    ②昼ご飯と夕ご飯を作ると、「今日は子供が午前中で帰ってくるから、早く戻るね」と言って、すぐに帰ってきます。(本当は、高校生と社会人なので夕方じゃないと帰ってこないのですが)
    等々…

    介護生活を始めて3年になりますが、最初のころは確かに罪悪感が胸を占めました。そして、母に常識を押し付けたり、「さっき言ったでしょ」「何回も聞いた」とか、まともにぶつかってましたが、今はほどよく諦めて、何となく平穏に母が暮らせるように母の周りの環境を整えて見守ってます。

    くどひろさんのブログを拝見しながら、人それぞれの介護を参考にして自分がつらくないように日々暮らしてます。 ありがとう(*^^)v

  • 奈都さま

    お久しぶりでございます、ブログ読んで頂いてありがとうございます!

    やはり3年が経過すると、いい諦めが芽生えますよね。とてもよく分かります。到達した人にしか分かりませんが、それを本やブログで発信することで未来の介護者にも気づいてもらえればと思っています!

  • こんばんは。

    嘘は介護のテクニックのひとつなんですね。
    被介護者の気分が安定するなら、嘘の方がいい場合は、たくさんあります。
    むきつけな真実を伝えまくって、当人が不安定になったら、本末転倒ですから。
    ◇◇◇
    どうせ、嘘つくなら、上手につきましょう…と思います。
    本人が信じたい、シアワセな嘘をついてあげると、こちらの心も痛みません。
    彼女の話すことの中に、彼女が、どんな嘘をついてほしいのかのヒントがあります。
    ◇◇◇
    『物盗られ妄想』全盛の頃の彼女には、
    「今、私が借りている」「今、修理に出している」「使わないので、寄付をした」等の嘘を並べまくりました。
    これらの科白は便利で、ピアノでも、服でも、食器でも、割と何に対してでも使えました。
    使えなかったのは、『金塊』に対してだけです。
    一時期、銀行の貸金庫に『金塊』を預けていたら、それを盗まれたという妄想があり、このときは、本当に困りました。
    ◇◇◇
    今は、リハパンを交換したがらない母に、
    「普通に洗うと、使えなくなるから。使ったのを持って帰って、特殊な処理をしてもらうと、また使えるから」
    なる嘘を毎回ついてます。
    (実際は、キッチンに行ったときに、レジ袋に入れて見えないようにして、捨ててます)
    ◇◇◇
    もちろん、こればかりでなく、軽く30や40の嘘を、それぞれ3百万回くらい言ってます。
    私も、罪悪感みたいなものはないです。(当初はあったと思いますけど)
    私の中では、自動的に出てくる応答、という感じでしょうか。
    これだけ繰返せば、下手な役者でも、自然な演技が出来るようになっています。

  • すいかずら姫さま

    あるラインを突き抜ければ嘘は平気になるのですが、そのラインに至るまでに葛藤のある方もいますね。やっぱり正直に生きろ!嘘はつくな!と言われて育つと、最初は罪悪感を持ってしまうものなのかもしれません。

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