「ロールパンを小さくちぎるべき」老健に4000万円賠償を命ずるニュースを読んで

老人介護保険施設 ロールパン

鹿児島にある介護老人保健施設(老健)が、家族から「ロールパンを小さくちぎるべきだった」と賠償を命ぜられるニュースが、つい最近ありました。

鹿児島県姶良市の介護老人施設で、パンを食べて意識不明となった80歳の男性とその家族が、パンを小さくちぎって提供しなかった施設側に責任があるなどとして、損害賠償を求めていた裁判で、鹿児島地裁は28日、施設側に4000万円あまりの賠償を命じる判決を言い渡しました。訴えを起こしていたのは、姶良市の介護老人施設・青雲荘を利用していた80歳の男性とその家族です。男性は2014年1月に施設で出されたロールパンを食べた後、心肺停止状態となり、現在も意識不明となっています。男性と家族側は「飲み込む力が弱っているので、パンを小さくちぎるよう検討すべきだった」などとして、施設側にあわせて4800万円あまりの、損害賠償を求めていました。鹿児島地裁の鎌野真敬裁判長は28日の裁判で、「パンをそのまま提供したことが窒息の原因。施設は小さくちぎって提供する義務があった」などとして、施設側にあわせて4000万円あまりの賠償を命じる判決を言い渡しました。
引用元:http://www.mbc.co.jp/news/mbc_news.php?ibocd=2017032800022348(南日本放送)

現在も意識不明ということで、家族としては怒り心頭で訴えたのだと思います。

わたしの中にあった葛藤

このニュースを読んで、祖母が病院内で骨折したときの「2つの感情」を思い出しました。

ひとつは、同じ怒りの感情です。訴えはしなかったものの「病院側を訴える」ってどういうことだろうと調べたことはあります。骨はくっつきましたが、認知症でリハビリの意味も分からず、骨折以降はベッドで寝ている時間がどんどん増えました。

結局、直接の死因とはいえない?ものの、骨折が死を早めたことは間違いないと今も思っています。病院側もすべての患者さんを常に監視できるわけでもないし、かといって拘束もできない、ベッドからの転落はよくあるということも調べて分かりました。

それで納得したわけではなくて、2つ目の感謝の気持ちが相殺したとも言えます。

くどひろ
骨は折れたけど、病院内の徘徊や食事の世話、下の世話をずっとしてもらった

同じようなことは、ヘルパーさんでもありました。デイの送り出しをしなければならない日に、ヘルパーさんが来ませんでした。このときは母も問題なかったので、怒りゼロでした。それは日頃お世話になっていることが、すごく分かっていたからです。

この相殺を天秤に例えてみると、100個の感謝を積み重ねて天秤に載せたとしても、1個の超重い命を失うことや意識不明が天秤に載っただけで振り切れてしまい、感謝すら飛んでしまうという現実もあり得るということです。

施設へ預けるということ

母はできるだけ家に居たいけど、わたしの介護負担が重くなったら施設に入れてと言ってます。本人の意思に従うことで、介護への心理的負担が減るということは祖母のときに理解したので、その通りにするつもりです。(在宅でねばるような気もしますが・・・)

施設に預けることは、介護のプロにお願いするということだから大丈夫という思いが家族にはあります。家族の施設に対する知識レベルにもよると思いますが、場合によっては過剰なくらい大丈夫だと思っていることもあります。

ただ、どんな施設でも絶対はありません。施設職員の方も、その1回の過ちが大変なことになると分かっているから頑張る・・・でも、物理的な限界もあるし、施設内のシステムや人員の問題もあります。そこは経営者や管理者の責任にもなり、個人の責任とは言えないところです。

在宅が安全かと言えば、それも違います。うちの母だってなんとか独居してますが、包丁で指を切ったり、見たことないあざがあったりして、一歩間違えば・・・ということはいっぱいあります。それでも遠距離介護をわたしは選択しているので、何かあったら反省の塊を背負って生きていくのだろうと思います。

じゃぁ、どうやって折り合いをつけるかというと「日頃の信頼関係」なのかなと思ってます。

不慮の事故は100%防ぐことができないから、感謝を積み重ねるしかないのかなと。事故がマイナス1000ポイントだとして、日頃の感謝は1ポイント。何か起きたときに、

-1000 + 500 = -500

みたいに、マイナスポイントを感謝というプラスポイントで相殺するしかないのかなと思います。事実は消えないし、どうしようもないけど、もし感謝を積み重ねていれば、多少は自分自身が救われるのかなと思います。

職員さんと話をしたり、介護施設に足を運ばないと、ポイントは増えません。そうやって信頼関係を積み重ねていけば、天秤の傾き方が1個の重い命を載せたとしても振り切れることなく「多少は」バランスをとる要素になるのではないかと。

施設にお金を払っているのだから、きちんと介護ができて当たり前と思っていたり、放置していれば感謝の気持ちを持つのは厳しいです。祖母のときも、病院とそこまで信頼関係はなかったけど、週2回は様子を見ていたので自分の中では折り合いが完全ではないですけど、つけられました。

「施設にお願いするから安心」とわたしは100%思ってなくて、むしろ自分の時間ができる代わりにある程度のリスクも伴うものだよなと心の中で考えていたことを、このパンのニュースを読んで思い出しました。なんていうか、覚悟みたいなものを、自分は持って預けることになると思います。

突然やってくる激しい悲しみへのバランスをとるために、日頃の感謝を重ねる・・・わたしだけの発想かもしれません。

今日もしれっと、しれっと。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ものがたり診療所もりおか地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年より悪性リンパ腫の父も、別拠点で在宅介護中。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得 (廣済堂出版)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)