大切な人を亡くした人の気持ちが少し分かるようになった

大切な人 亡くす 気持ち

先日、ある認知症カフェで参加者の男性が、こんなことを言っていた。

男性
母親を亡くしてショック過ぎて、手続きとか7か月くらい手がつかなかった

わたしは、そういうものなのか・・・って、正直思った。

自分は父親が亡くなった直後から、淡々と葬儀や手続きをこなしているから、よく分からなかった。

でも、なんでもない日常に潜む「言葉たち」に、自分の心が持っていかれる回数が妙に増えた。

例えば、「最期の晩餐」という言葉。

ある有名な作家さんが「最期の晩餐」の話をしてくださった。

父と最期の晩餐をして間もなかったこともあって、その話に心を持っていかれる自分がいた。

お笑いLIVEに行ったときも、なぜか「最期の晩餐」の話になった。

その時もやっぱり、最期に焼肉を食べた父の姿が目の前に現れた。

居酒屋のメニューに「たまごかけごはん」と書いてあった。

父が最期においしそうに食べた「たまごかけごはん」の光景が頭に浮かぶ。

なるほど、大切な人を亡くすとこんな感じになるんだと思った。

4年前に祖母を亡くしたときには、「あれをしておけばよかった」という後悔が多かった。

今回はその後悔がないように、父が生きている間にやれることはやった。

そういう意味で後悔は少ないのだけど、なんか祖母のときとは違う感覚だ。

父とはそこまで仲がよかったわけではないし、最後の4年は口をきいてなかったから、失ったダメージはかなり少ない。

それでもこうやって、事あるごとに思い出したりするから、これが愛する人なら本当に大変なことだと思う。

大好きだった両親を亡くす、自分の子どもや伴侶を亡くす、突然の事件や事故で亡くしたら、それはもう耐え難き悲しみなんだろう・・わたしのこの感覚の100倍大変なことなんだろうと、想像がつく。

父の住むマンションに、遺品整理のために月数回通っている。

特に思い入れもないので、次々とためらいもなくゴミ袋に入れることができる。

でも、壁に貼ってある9月のカレンダーは、なんとなく手をつけられない。

生きるつもりでリハビリのスケジュールや、花巻トロンに行く予定が書いてある。

カレンダーを見るたびに、このスケジュール通りにならなかったなぁ・・・って思う。

この影響は、認知症の母に対しても起きている。

父が死んでからというもの、スマカメで東京から岩手の母を見る回数が増えてしまった。

朝、スマホをタップしてスマカメ越しの母を見ながら思う。「お~、今朝も生きてる」って。

当たり前に目覚めて活動していることに、感動したりする。

岩手から東京へ帰るときも、ひょっとしたらこれが母と会う最期かもと、前以上に思うようになった。

ホント人って、いつ死ぬか分からない。

大切な人を亡くした人の気持ちが、以前より分かるようになった。

でも、共感疲労している場合ではないから、そういうものだと思ってうまくつきあっていくつもり。

悲しみやさみしさと毎晩毎晩戦って、自分の中で消化する作業を多くの人がやっている。

それが7か月だったり、2年だったり、10年経っても消化しきれない人もいる。

消化のスピードは人それぞれなんだけど、遅かれ早かれ誰もが経験することである。

ムカついたり、悲しんだり、ふとした瞬間に思い出したりすることが、何よりの供養になる。

マンションが売れるまでは、父のマンションに通うたびに生前のことを思い出すだろう。

そしてマンションの修繕積立金の請求書を見て、コラーーー!って部屋で叫ぶ。

請求書を見ただけで、焼肉やたまごかけごはんの思い出がすっ飛んで現実を突きつけられるから面白い。

請求書ってすごい!今日の記事で一番言いたかったこと。

今日もしれっと、しれっと。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ものがたり診療所もりおか地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年悪性リンパ腫の父も、別拠点で在宅介護したが死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得 (廣済堂出版)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)