認知症の経過報告(1年と17週~20週間目)・1か月会わなかったら・・

約1か月ぶりの遠距離介護、再開です!

「何月何日の何時に帰る」 といつも見ているカレンダーに書いておくのですが、いざ帰ると

「あら、今日帰ってくるんだったの?」

とびっくりされます。で部屋に行くと、ふとんが敷いてある(笑) 玄関のカギがかかっている事も多く、でも部屋に行くとふとんが敷いてある(笑)

帰省したらまずやること

帰省してやることの一つ目は、ヘルパーさんが残してくれた伝票チェック。何を買ったか、認知症のサプリメントのフェルガードBを飲んでいるか、おかしな様子はないかなどが書いてあります。

伝票がこれ↓ (古い伝票を撮影してしまいました)
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2つ目は、ゴミのチェック。

遠距離介護がスタートした時は、下記写真の小屋いっぱいに燃えるゴミが積まれていて、会社を辞める決断のひとつになるほどのインパクトのある光景でした。今はヘルパーさんが週1回捨ててくれるので、そんなにたまりません。

一般的なゴミ箱も使ってみたのですが、分別ができなくて・・・燃えるゴミを開けて、かんとびんを抜き取る作業が臭くてたまらないので、小屋にゴミという形にしました。

車庫にある小屋をゴミ置き場にしてます↓
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家から車で1時間強離れている妹がちょくちょく顔を出していたので、家自体に大きな変化はなかったのですが、頭の中に大きな変化がありました。

「お盆」 といういつもと違う環境が招いたこと

ピック病の母には、お盆はよくありません。非日常な毎日がやってくると、混乱してしまうのです。ピック病は常同行動といって、同じ時間同じコースを歩くくらいきっちりしています。母にもそういう気配があります。

祖母が亡くなって10か月。初盆で親族が訪れて、お香典を置いていってくれました。誰と何を話したのか、知るのは母のみ。わたしと妹は香典の名前を手掛かりにするしかなく、

「親戚のAさん、来たんだなぁ~」

と。母に聞いては見るものの、そこは認知症。言っていることが、本当かどうかわかりません。香典の写真を妹にLINEで送ってもらって、母名義で東京からわたしがネット配送でお返しということをしてました。

お返しのお礼の電話が実家に来るのですが、母から見れば意味不明。拝みにきてもらったことも、香典をもらった事も忘れてます。

「なんかお気遣い頂いて、すみません~」

というお礼の電話は、母にとっては意味不明な突然の電話なんです。そういう電話がかかってくると、東京にいるわたしに “すぐ” 電話をかけてきます。

「わたしの財産の件で、電話かけてきて怖かった~」

そんな親族はどこにもいないんですが、お礼の電話が財産狙いの電話に変換されて、わたしのところへ来るんですよね。サラリーマン時代は、仕事中にこういう電話が来てたまらなかったのですが、個人で仕事している分には穏やかに 「そうだね~」 と言えます。

さらにこんな事を、母が言い始めました。

23年間別居中の父、突然現る

「お父さんが家に来て、庭のテラスを黙ってみて帰って行った」

と母が言いだします。実は父方の親族からも初盆でお菓子を頂いたのですが、娘を呼び出して渡すぐらいの人ですから、自ら家に来るわけがありません。

「わたしが話しかけても、何にも返事しなかった~」

相変わらず切ない妄想するなぁ~と思いながらも、説得は意味ないので、「あ、そうなんだ~」 これで収まると思ったら、今回はだめです。

お盆といういつもと違う環境が、いろんな妄想を書きたててしまいましたね。人嫌いで話好きな母は、ひとり暮らしでいいんだろうなぁ~

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ものがたり診療所もりおか地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得 (廣済堂出版)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)