葬儀よりも切ない?亡くなった父の遺品整理と生前形見分けの話

遺品整理 形見分け

父が亡くなった日から、わたしは父のマンションの遺品整理を夜な夜な始めました。

通夜、火葬、葬儀よりも、この遺品整理の時間のほうが「切なさ」は募るもの。喪主は決めることが多かったり、いろんな気遣いも必要なので忙しく、そんなに悲しんでいる暇はありません。しかし遺品整理は、誰もいない静かなマンションでひとり、ひたすら父の数百枚の写真と向き合うわけです。これは、やはり切ないはず・・・

しかし「普通でない」遺品整理だったので、ちょっと違った感情が沸き上がりました。

思い入れのない父の写真や遺品を見て思った3つのこと

父のマンションの遺品整理をしながら思ったことが、

  1. 父は昔の人なので、プリント写真がやたらと出てくる
  2. 実は生前から、少しずつ遺品整理をしてくれていた
  3. まあまあ切なかったけど、実はそうでもない

写真はデジタルの時代なので、データとして保管してもプリントする方は少ないと思います。しかし父のマンションからは、プリント写真が次々と出てきます。高校時代の同窓会、近所の町内会、元職場仲間との旅行・・・自由気ままに独身生活を謳歌していたんだなということが分かりました。

写真を見て、父の顔だけはわかります。しかし写っている他の人、行った場所など、全く思い入れがありません。たぶん普通の遺品整理なら、小さいころ行った場所や思い出の品を見ながら、昔を思い出して泣いてしまうと思います。わたしの場合は「誰だ?これどこだ?何のイベントだ?」と疑問ばっかりでした。

若干うれしかったのが、アホみたいにでかいブラウン管テレビを業者に依頼して廃棄してくれていました。他にもゴミの整理は進んでいて、いい解釈をすれば息子に負担をかけないためにやってくれてたのかもしれません。

生前に行った形見分け

実は生前に父から形見分けの提案がありました。

俺のスーツはいいやつなんだぞ!何かの時に使うかもしれないから、もってけ!ほら、ワイシャツもネクタイもあるぞ!

基本、父は偉そうに上から目線で話すタイプです。わたしが45歳になっても子ども扱いで、自信満々に自分が買ったスーツを、わたしに勧めてきます(記事タイトル下の写真)・・・わたしとサイズが全然違うのにです。しかも、いつのデザイン?というものばかりで、困りました。

喪服でネクタイをしただけで疲れるレベルのわたしは、スーツなんて着ません。会社員のときだって、服装自由の会社をわざわざ選んで転職していたほどです。ということで、こちらは廃棄します。

わたしの「形見分け」のイメージは、亡くなった人の大事なものをいつまでも飾ったり身に着けたりしていることだと思っていて、例えば、

  • 大好きだった夫の指輪をネックレスにして、肌身離さず持っています
  • 写真をいつも財布の中に忍ばせています

みたいに考えていました。しかし、父のマンションを遺品整理しても、何一つ持っていきたい、残したいと思ったものはありませんでした。わたしは自分が育った母の家には思い入れがありますが、27年も別居していた父のマンションへの思い入れはゼロ。これも長年の別居生活の現実・・・そう思いながら、わたしの遺品整理は終わりました。

このあとは妹と父の姉が欲しいものを持って行って、最後は遺品整理業者にまとめて廃棄を依頼してすべて終了となります。これで父のマンションがキレイになって、いよいよマンション売却の手続きに入ると思っている方・・・そのステップははるか先のお話です。

まだまだ手続きは終わりません!

今日もしれっと、しれっと。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ものがたり診療所もりおか地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年悪性リンパ腫の父も、別拠点で在宅介護したが死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得 (廣済堂出版)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)