はじめてのケアプラン作成(遠距離介護)

母の認知症が悪化したことにより、要支援1から要介護1へランクアップ。この際の要介護認定の申請は、ケアマネージャーにかかりつけ医へ行ってもらって主治医の意見書をとってもらったり、市の調査員が来た時も立ち会ってもらいました。このあたりが遠距離介護ならではです。

ヘルパーさんに来てもらわないといけない!理由
このころ仕事も忙しかったのですが、祖母のがん手術とこの要介護認定もあって、土日に月曜日を有給にして3連休という日を作って実家に帰ってました。久々に1日、母と一緒に過ごす中でいろんなことが見えてきました、そしてこれがホントやばいっ! そう思う出来事の連続でした。

  • 扉を開けたら、ごみが高く積まれていて、こちらに崩れてきた(雪でゴミ捨て場へ行けず)
  • 真冬だというのに、灯油の在庫があと少しでなくなりそうだった(お湯が沸かせない上に、寒さで凍死・・・・)
  • 冷蔵庫がからっぽ・・・雪がすごくて、買い物に行けなかった(歩くのが不自由なのもあって)
  • 雪かきをする人がいなくって、玄関先に雪が積もってる
  • ガスを点火する電池が切れていて、ガスを点けるのにえらく時間がかかっている

どれもちょっとしたことかもしれませんが、わたしの遠距離介護スイッチが入ったのは、実はこういった事が理由です。冷静に読み返すと、これって生死に関わる話なんですよね・・・認知症の1人くらしで、さらにシャルコー・マリー・トゥース病で、路面が凍結している状態では足が不自由なので、外出できない。そりゃ放っておけば、上記になるよな・・・あらためてゾッとした瞬間でした。

いざ!ケアプランを作成
そもそもケアプランって何かってところからスタートしたわたしなのですが、簡単にいうと 『介護サービスをいつ、どれくらい利用するかを計画する(プランする)』 ということで、ケアマネージャーさんと一緒に作成をします。

初めてだったのですが、ケアマネさんが近所の居宅介護支援事業所(長い・・・)を見つけてきてくれて、母、息子(わたし)、妹、ケアマネさん、居宅介護支援事業所の所長さん、サービス提供責任者(サ責と略すらしい)、デイサービスの所長さんの7人でミーティングしました。

認知症とはいえ、母はお客さんの前では話が成立するんで、こういうミーティングの時は、『わたしはなんでもできるから、必要ない!』 と言い張ります。ただ、私としては餓死や凍死はさせたくないので、上記の事はケアマネさんに伝えつつ、どんな介護サービスがいいか話し合いました。

<我が家のケアプラン>
ゴミ捨て 週2回(1回 45分)

という結論にまずはなりました。ゴミ捨ては自分で行けない事を母も分かっていたので、ここだけは了承してくれました。ただ上記のような事が起きていたので、雪かきをしてもらったり、ゴミを捨てた後は認知症対策という事で、簡単にお話する時間もたまに作ったりもしました。

最初はこのケアプランの仕組も、居宅介護事業所も意味が分からなかったのですが、なんでも1回体験してみるものですね。1回ミーティングで感じが分かったので、この後ケアプランを見直しを月1回ごとにしています。わたしの遠距離介護の柱は、ずばりこれです。ヘルパーさんが来てもらうにも、このプランなしでは来てくれないので、遠距離介護では重要なサービスになります。

実はこの時、母をデイサービスに通わせるという計画も同時に持ちあがったのですが・・・この時の模様はまた次回!

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年悪性リンパ腫の父(要介護5)も別拠点で在宅介護したが死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得 (廣済堂出版)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)