「延命治療に同意するか拒否するか」を家族として判断した日

祖母(89歳)の意識レベルが低下したということで、月曜日に病院へ行きました。

祖母が療養型病院に入院したのは、昨年の12月末。緩和ケアとモルヒネとのはなしという記事で書いたのですが、こちらの病院に入院した際の先生からの説明は、分かってはいたものの衝撃的な内容でした。どんな感じだったかというと・・・

子宮頸がんのステージⅢaという祖母ですが、麻薬(モルヒネ)を投与してがんの痛みをやわらげる緩和ケアの説明、痛みはなくなるけど意識が朦朧とするという話、対処的な治療のみを行うという内容でした。当時はさすがにショックを受けましたが、それから7か月が経過、久々に先生とお話しする機会ができました。

先生からのお言葉

先生: 『CTで確認したところ、膀胱への転移があって、血尿も見られるようになりました。改めてご家族として延命治療を行うかどうかを検討して頂きたいと思います』

わたし: 『以前にも延命治療について家族で話し合った時期がありますが、再度祖母の娘2人に確認をとってみます。ということは、他の施設への移動は無理ですよね?』

先生: 『そうですね。最期までうちの病院で看させていただくのがいいと思います。』

わたし: 『以前行った放射線治療は、確かもうできないということでしたが・・・』

先生: 『はい、一生のうちで浴びる事ができる放射線量は決まっていますから、おばあさんは放射線治療がもうできません』

わたし: 『・・・・・・・・・・・・・・・・・』

延命治療って?

以前に急性期病院で説明を受けた時、心臓マッサージでの蘇生とそれに耐えられず高齢者の場合は骨折するという話を聞いた時に、果たして蘇生することに意味があるのか?と考えました。胃ろうであったり、人工呼吸であったり、”生きる” のではなく、”生かしておく” ということ そうとらえました。

でもそれって意味があるのか?延命を続けていても、いずれ止める時期を決断する日がくる・・・それはそれでつらい決断です。

長い間病状が安定していたので、あの当時の思いを忘れていました。でもうひとつ忘れていたのが、わたしは ”孫” だということです。祖母には2人の娘がいて、延命治療の判断はやはり娘がすべきだと。

改めて娘2人に確認してみました、 『以前は延命治療はしないということだったけど、あれから7か月が経って気持ちに変化はないか』 と。関東に住む娘(わたしの母の妹)は、自分の夫を介護しているので、重要な局面だけ私が電話する事になっています。

で確認してみると、方針に変更なしと。文章で書くとこれだけですが、あれこれ1時間くらいは話しました。これで1人目の娘は確認終了。問題は、認知症のわたしの母です・・・・

認知症の母に延命治療の質問をしてみる

認知症の母にこの延命治療の話をすると、不安が増大し、以前のように認知症の症状が悪化する可能性があります。前回のがんが分かった時の混乱っぷりは、認知症の症状がマックスでした。あの時から考えると、今のフェルガード服用生活はとてもとても安定しています。

ということで、日常会話の中にさりげなく延命治療の話を織り込んでみました。(どうやって、この重いワードを会話にぶっこむんだ?って思いますよね・・・)

すると延命治療は望まないということだったので、改めて先生に延命治療は行わない、痛みをとることだけに専念をして、自然な形で最期を迎えるようによろしくお願いします とお伝えします。

神のみぞ知る って言葉、きっとこういう時のためにある言葉なんでしょうね・・・

今日もしれっと、しれっと。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ものがたり診療所もりおか地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年より悪性リンパ腫の父も、別拠点で在宅介護中。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得 (廣済堂出版)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)