介護で見送る側と見送られる側、どっちが寂しい?

見送る 見送られる

今年の1月、こんな記事を書きました。

認知症の母が帰京のとき、手を振って見送る姿にいつもおもうこと

2016.01.27

前日までケンカしていても、認知症という病気がそのことをキレイに記憶から消し去ってくれて、純粋に笑いながら手を振って、息子を見送る母の姿を書きました。そして、年甲斐もなく、わたしがホームシックのような感覚になることも、恥ずかしいですが書きました。

実は、今年の途中から、見送られる側から見送る側に変わりました。どういうことかというと、母親をデイサービスに送り出したあと、家の戸締りをしてひとり東京に帰るようにしたのです。

わたしが手を振ると、母はデイ送迎車の中から笑顔で手を振り返してくれるのですが、100メートルも進めば、母はそのことすら忘れてしまいます。デイから帰ってくる頃には、わたしはすでに東京に居て、母は何事もなかったようにふつうの生活に戻ります。

見送られるときに感じる、何とも言えないあの思い

遠距離介護されている方、別居で介護されている方、家において仕事に行くときなど、ほとんどのケースは介護される側を残して、見送られるのだと思いますが、やはり寂しいとか不安な気持ちが襲ってきませんか?

置いていって大丈夫だろうか、ケガしないだろうか、ひとりで薬は飲めるだろうか、ひょっとしたらこれが最期・・・挙げたらキリがないくらいのことが、頭を駆け巡りませんか?介護施設や病院に預けている介護者も、こんな感情になりますよね?

祖母と病室でお別れするとき、死の直前は首ぐらいしか上がらない状態でも、右手だけは辛うじて挙げるあの姿を見ながら、あとどれくらい生きるんだろう・・・そんな思いで、いつも病室を後にしたことを今でも覚えています。

あまり多くはないけど、見送る側の例

重複しますが、デイサービスに行ってもらうとき、見送る側になります。無事行ってくれた安心感と解放感など、見送るほうがラクなのかなと考えました。

ただ、病院に入院することになったとき、介護施設に預けることが決まったときは、見送る側でも相当な寂しさが襲ってくるような気がします。

ということで、2017年も見送る側で行きたいと思っています。

やっぱり見送られると、いろいろと切ない思いがこみあげてきます。わたしが最も切ないと思う瞬間は、冬の盛岡でバス停まで雪をキュッキュッと踏みしめながら歩く、2月くらいが切ないです。振り返ると、寒いのに入口から顔だけ出して、見えなくなるまで見送る母の姿には、グッときますね・・・

東北新幹線で盛岡駅を発車すると、割と気持ちが都内モードに切り替わります。

今日もしれっと、しれっと。

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6 件のコメント

  • 圧倒的に見送られています。
    昔は実家を訪ねて、自分の家に帰る時、もう外は暗いのに私の運転する車がカーブで見えなくなるまで手を振ってくれました。
    バックミラーでみなから「嫁さんとうまくやってね、来週また来るから」・・・と切なかったです。
    その後私を探して庭を名前を呼びながら歩いてたと聞くと、さらに切なかったです。
    施設に入った時も、帰りに施設の駐車場の車で「まだ面倒見れたんじゃないか?入れてしまった」と泣きました。
    今は、週末会いに行ってしばらく一緒に過ごして帰る時、「私も一緒に帰るわ」といわれると辛いです。
    納得してくれそうな大ウソな理由(これが結構難しい)で帰ります
    職員さんとお風呂やトイレに行くのを見送ってから帰る時は、幾分気持ちが楽です。
    それでも、戻ってきたら私を探さないよね?と、思うのは、
    あっさり私に背を向けて、職員さんと手を繋いで行ってしまうのが少し寂しいからでしょうか。

  • わかなまるさま

    バックミラー越しですか・・・これまた切ない光景ですね。わたしも一緒に帰るわって、亡くなった祖母が病院でよく言ってたことを思い出しました。ちょっとトイレに行ってくるといって、そのまま帰ったりして妙な罪悪感に襲われることもありましたね。

  • くどひろ 様
     いつも楽しみに拝見しています。

     不思議ですよね。私の母もいつも車が見えなくなるまで手を大きく振って見送ってくれます。車がよく見えるようにわざわざ道路を渡って。時々後ろから来ている別の車に気付かず、惹かれるのではないかと心配なくらい、一生懸命に。
     週三回一人暮らしをしている母に昼ご飯を作り、身の回りを整えて帰ってくる私たち姉妹ですが、この光景の繰り返しはこの一年間ずっと続いております。
     いつか、一人で暮らせなくなった時、どうするかは心の中でいつも葛藤しながら通いの介護をする毎日です。

  • 奈都さま

    コメントありがとうございます!超有名作家さんと、同じお名前ですね。

    一生懸命に手を振るんですね・・・泣けてきます。確かに一人で暮らせなくなる日を、わたしも想像してしまうことがあります。しかし、未来への不安で消耗する自分がもったいないので、今に集中するようにしております。

  • 同感です。
    遠距離で、実家が離島なので、私が乗った船をどうやら見えなくなるまで見送る母。私はとてつもなく切ないです。
    でも私が自宅に着いて「帰り着いたよ」と電話しても母は「は?なんのこと?」と忘れています。
    笑っていいのか迷いますが、これでいいのだと自分に言い聞かせます。
    でも翌日には母から「いつ帰ってくる?」と電話があると、これまた色々切なくなります。

    くどひろさん、そしてコメントされた方々の様子を知り、似たような思いをされている方がいらっしゃると思うと、心が落ち着きました。

  • ふくいさま

    いろんなコメントを頂いたのですが、船という光景は切なさを増幅させる環境ですね。想像しただけで、ウルッときます。確かに、は?ってなりますね。うちは往復する回数が多いので、無事着いたよ連絡はしないようにしています。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ものがたり診療所もりおか地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年悪性リンパ腫の父も、別拠点で在宅介護したが死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得 (廣済堂出版)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)