親の面倒をみるのに「お金を出すだけにする」という正解もある

介護 お金

先日、介護職の方とお会いして、こんな話を聞きました。

「介護施設を手配して、そこに自分の父や母を入居させる。入居手続きをしてあげて、その後もお金を払ってあげる。これで満足しているご家族は、相当数いる」

しかし、わたしも含め、このブログの読者の方は、こうは反応しなかったはずです。むしろ、

「そっかぁ、そういう介護者が、実は多いのかもな・・・」

こう思ったのでは、ないでしょうか?このブログを読んでいる方は、現状の介護に満足せず、悩み、向上心もお持ちの人です。お金を払って、満足してハイ終了!なんて思っていません。

満足している家族だって、なんとなく頭の片隅に介護施設のことを考えながら、会社員として仕事をしていることでしょう。ただ、介護職の方の葛藤までは、気づいていないのではないでしょうか?

介護職の方々の葛藤

介護家族は、お金を払っている、預けている、任せているという、どこか当事者意識にかけるところがあり、一方で介護職の方は、任されている、お金を頂いているというプロ意識があります。

もっとこうしたほうが利用者さんはよくなると考える介護職、仕事が忙しいと言って先延ばしする介護家族・・・結局、お互いに距離は縮まらず、仮に亡くなったとしても家族はこう思うはずです。

「お金も出したし、老人ホームも手配した。わたしはやるべきことはやった」
「抗認知症薬を大量に処方されてヘロヘロになっていても、年相応だからと疑問にも思わない」

近くに居る介護職の方はもっとよくしてあげられたと後悔し、遠くの家族は達成感を得る・・・わたしも、祖母と母の同時多発介護にならなかったら、そうやって介護を終えたかもしれません。余命半年という印籠を突き付けられたから、介護と本気で向きあうことになりました。

「お金を出すだけの介護」という正解

この話を聞くまで、こういった多数派である介護家族への意識がほとんどなかったんですよ。

だから、この話を聞いた時、「これもひとつの正解なんだろうな・・・」と思ったわけです。今のわたしには不正解なのですが、それでも自分の生活を最優先に考えれば、これも答えです。

結局、介護家族がその人をどのくらい大切に思っているか、どれだけ手をかけられるかが全てなのかなと。自分の人生や家族と介護を天秤にかけたとき、うまくバランスを取ろうとする人もいれば、天秤におもりを置くことすらしない選択もあります。

介護職の方も、ご自身を守らないといけないので、介護不介入な利用者家族とは、割り切って付き合う方も多くいるでしょう。悪いことではないとわたしは思うのですが、今度は自分の良心との葛藤があったりするんでしょうね。割り切ることが、本当に仕事なんだろうかと。他の職種にはない、独特な感覚だとわたしは思います。

「介護者がほったらかすと、介護・看護の質が低下する」という心得を、新刊に書きましたが、こういう構図をもっと詳しく書けばよかったなぁと、今さらながら思います。

今日もしれっと、しれっと。

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介護作家・ブロガー
1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。認知症の祖母(要介護3)と母(要介護2)のW遠距離介護からスタート、悪性リンパ腫の父(要介護5)の在宅介護も経験。現在も東京と岩手を年間約20往復、遠距離在宅介護8年目。NHKニュース「おはよう日本」と「あさイチ」でブログが紹介される。著書:ムリなくできる親の介護(日本実業出版社)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)ほか

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