つくづく40歳まで会社員で良かったと思う3つの瞬間

サラリーマンが道を歩く

今の仕事の基礎は、40歳まで荒波にもまれ続けた社会人経験からできています。
いろいろな方とお話させて頂く中で感じた、「つくづく40歳まで会社員やってて良かった~」と思う3つの瞬間をご紹介します。

人前で話をするとき

コンサルティング会社で働いていた20代。クライアントの前でプレゼンするのは本当に恐怖でした。手のひらに人という字を書いて飲んだり、観客を野菜と思えという根性論にすら、すがりたいと思っていました。

プレゼン憂鬱だ・・・30代になった次の会社でも、プレゼンの機会が何度も何度もやってきました。プレゼンの本を読みまくり、実践して修正する。そんな日々でしたが、この頃にプレゼンのコツがつかめたように思います。

最後に在籍した会社では、自分の経験してこなかった職種のマネージャーということもあり、人前には立つのに言葉が出ない・・という逆のストレスがありました。

そこから4年近く文章ばかり書く生活になり、口を開くということを忘れかけていたのですが、介護の講演が増えるにつれ、30代の記憶が蘇ってきました。

パワポやEXCEL、WORDといった、いわゆるビジネスマンの基本ソフトも、問題なく使えるのはやはり、会社員時代に死ぬほど触ったからです。

40歳まで会社員でよかった・・講演会の檀上に立つたびに、いつも思うことです。

勘違い野郎にならずに済んだ

本を書いたり、講演したりすると「先生」と呼んで頂くことがあります。

大変ありがたいのですが、わたしは「先生」ではないので、最初の頃は「くどひろさん」と呼んで欲しいとお願いしていました。しかしスタッフの方全員に、呼び方を訂正し続けるとキリがないので、最近はそのままです。

この「先生」という言葉は、自分の鼻を知らないうちに伸ばす効果があるようで、天狗モードになってしまった先生方(作家、大学の先生、講師、医師などなど)の悪い武勇伝を、たくさんの方から教えてもらいました。

そんな「先生」に対応するスタッフさん、版元営業の皆さんは大変なお仕事だ・・そう思います。間違った武勇伝を聞くたびに、経営陣の朝令暮改に振り回された管理職時代の自分を思い出します。朝令暮改が会社にとってプラスならそれも受け入れるのですが、そうでないこともやっぱりあって・・・。

40歳まで会社員だったので、鼻が伸びないような下地が完成しています。若くして「先生」と呼ばれていたら、今頃勘違い野郎になっていたかもしれないので、会社員やっててよかったなぁと思います。

ストレス耐性が身についた

会社員として一番大きかったのはやはり、ストレス耐性がついたことです。

人間不信になるような会社での出来事は数知れず・・・妙に正義感があったりしたことも、ストレスに拍車をかけていたかもしれません。

そういった経験がすべて、今の介護にいかされているのは本当にありがたいです。会社員時代に経験した「グッとこらえる」の精神は、認知症介護の中で何度もいかされています。

つい母親に言い返したくなる場面でも、飲み込むことができます。時間を置いて冷静になることもできます。それらはすべて会社員時代に学んだことなので、本当にありがたい経験です。

そしてフリーランスの今は、介護を経験できていることが、自分の人生にとってすごくプラスになっています。もっと卑屈な日々を過ごすのかな・・なんて、6年前は思ってましたが、今のところは幸せです。

この先どうなるかは分かりませんが、不安に思っている時間がもったいないので、とにかく今という時間を大切にしながら、前に進みます。

今日もしれっと、しれっと。

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サラリーマンが道を歩く

2 件のコメント

  • はじめまして。
    我が家も遠距離介護7年。

    本音は早く終わってくれよと、親に怒りさえ込み上げるようになりました。

    一人なので旦那が幸い協力してくれるのが救いです。
    その旦那さえも愚痴るようになりました。

    後見人制度って庶民には向かないなぁと気づきました

    身内が後見人なれる確率はほぼ無いと言われ、(遠距離の為)、一度たてると亡くなるまで取り消せない。
    年間の報酬額も馬鹿にならない。

    預貯金から何まで管理され必要な物を買いたくても気軽に使えない。
    特に我が家の場合、交通費が馬鹿にならないので親の預金から出してます。

    認知症の方の場合、後見人を立てても実家の売却は簡単には出来ない等。

    高齢化社会、益々介護者が増える一方で制度が全く追いついてない。

    欧州では国により家を借りる時だけの後見人、売るときだけの後見人、施設に入る時の後見人と、シーン毎に後見人を立てる事ができます。

    空き家も増える要因の1つではないのでしょうか。

    我が家の場合、親の年代が
    終活だの墓終いだのエンディングノートなんて浸透してなかった世代。

    どんなに説得して説明しても解ってくれなかった。泣

    既に時遅しです。

    遠距離介護、実家の管理、
    始まってから一気にフケたような気がします。
    交遊関係も減りました。

    気力、体力、自分らしさをドンドン奪われてくようです。

    同じ立場の人が周りに居なくて。愚痴ってしまいました。ごめんなさい。

  • 向日葵。さま

    わたしの場合は、遠距離介護でも親族後見人になることができたので、後見人の職務に対して報酬をもらえました。

    地域、被後見人の資産状況、そしてタイミング。わたしが後見人を務めたのは2013年ですが、今申し立てをしたら専門職後見人が担当になっていたかもしれません。専門職の不正も増えてきたので、先日最高裁が親族後見人が望ましいという考えを示したばかりです。わたしは地域とタイミングが良かったのかなと思ってます。

    わたしのブログカテゴリ「成年後見人」のコメント欄には、成年後見制度への皆さまからの愚痴・怒りがいっぱい書いてあるのでよろしければご覧ください。

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    ABOUTこのブログを書いている人

    1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護2)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年悪性リンパ腫の父(要介護5)も別拠点で在宅介護したが死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!NHKニュース「おはよう日本」、NHK「あさイチ」でこのブログが紹介されました。連載:介護ポストセブン(小学館)、著書:ムリなくできる親の介護(日本実業出版社)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)ほか