「もの忘れ」 と 「認知症」 のコトバの ”圧倒的な” 違い

うちの母のような ”軽度の” 認知症の場合、コトバのチョイスがとても難しいです。

「もの忘れ」 と 「認知症」 の間には、“圧倒的な違い”? が我が家にはあります。一般的に言われている 「もの忘れ」 と 「認知症」 の “症状の違い” のことではありません。

母と認知症について話す時 「もの忘れ」 という言い方をしないと、とても面倒なことになります。

「もの忘れ」 は年相応のもので、誰にでもある老化現象

そう母は理解しているので 「もの忘れ」 には妙な? “安心感”? があります。

「誰でもなるものだ」 「みんな歳をとるんだ」

「もの忘れ」 というコトバには、我が家ではレミニールやアリセプトのような認知症の薬的な効果があります。病院に連れて行くときも、「認知症治療」 とは絶対に言いません。「もの忘れチェック」 と言います。

病院から頂いたある書類の中に 「認知症」 というコトバが多く見られたので、「もの忘れ」 というコトバに変更してもらったこともあり、それくらいデリケートな問題です。

母は 「認知症」 と自覚があります。ただ、自分で認めている日もあれば、全く認めない日もあります。

認知症を認めている日の母の発言

「わたしは認知症だからね、なかなか覚えられないのよ」

「認知症は治らないからね、サプリ飲んで少しでも進行を遅らせないとあんたに迷惑かけるからね」

「取り繕い」ばかりが目立つ母が、認知症に対してこういう素直な反応をすると、これを打ち消すコトバをかけたくなります。

「いやいや、年相応のもの忘れだから心配ないって」
「71歳にもなれば、誰だって忘れるんだから。みんなそんなもんだって」
「なんの問題もないって、死ぬわけじゃないんだから」

介護者として満点の対応です(笑) ところが、こんな日ばかりではないんですよね。

認知症を認めてない日の母の発言

「年相応のもの忘れだからね、別におかしいところないでしょ」

「あれ、もの忘れの病院はもう行かなくっていいんだっけ?」

こういう日は発言をリピートする事が多いし、その回数もしつこいです。最初の発言は 「そうそう」 といえるのですが、2つ目の方はきちんと回答しないと妄想として定着してしまいます。

最初の頃、病院は行かなくていい と行っていたら、それが妄想から本気モードになってしまって面倒な事になってしまいました。

「いや、病院はずっといかなきゃだめでしょ」

ってつい言ってしまいます。ずっとって、言わなくていいのに。ひどい時は、

認知症だから、病院はずーっといかなきゃだめ!」

とか言ってしまいます。認知症って、言わなくていいのに。短時間リピート速射砲を喰らうと、ついつい・・・・そうすると、

「わたしは年相応のもの忘れでしょ、何もおかしいところないでしょ、ね!」

とさらに何度も力説され、「認知症」 っていうコトバが琴線に触れた~ コトバのチョイスを間違えた~ と激しく後悔します。「もの忘れ」 と 「認知症」 のコトバの間には、”圧倒的な” 違いがあるので、会話も慎重です・・・・

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護2)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年悪性リンパ腫の父(要介護5)も別拠点で在宅介護したが死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:がんばりすぎずにしれっと認知症介護 (新日本出版社)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)ほか