今年も無事、お盆を通過しました。
毎年恒例のことではありますが、お盆期間中ずっと質問攻めにあいます。
8月10日くらいからソワソワし始め、16日を通過するまで母はエンドレスに質問してきます。
それをホワイトボードや紙に書いて説明し、口頭で回答し続けるというストレスから回避するパターンなのですが、今年はいつもの年よりも質問回数が少なかったように思います。
おそらく、今がお盆だということを日常では理解していなくて、ニュースで「帰省ラッシュ」「お盆初日」みたいな言葉を聞いた瞬間にスイッチが入って、質問攻めにあうという感じでした。
離れていく親族はやむを得ない
母が認知症であることは、亡くなった祖母の葬儀のとき、喪主のわたしからひとりひとり事情を説明しました。
何かひどいことを言われたり、特別な反応があったわけではありませんが、それからあまり連絡がこない親族もいます。
もちろん皆さん高齢なので、ご自身の健康問題、配偶者の介護などが加わって、足が遠のくということもあります。もうひとつは、母の認知症が相当進行していると思い、遠のくというケースです。
祖母が亡くなって5年になろうとしているので、母の認知症も5年分進んでいると思われます。きっと家を訪ねても、わたしのことが分からなくなっているかもしれないと考えるのも、おかしなことではありません。自分のことが分からなくなったというショックは、家族には衝撃ですが、親族にも衝撃があるので、それを避けたいという気持ちもよく分かります。
それでも毎年しれっといらっしゃる親族がいて、本当に頭が下がる思いです。認知症とか関係なく、お盆に毎年様子を見に来て、ホッとして帰られます。その方は、わたしが地元新聞に載っていることをしっかり覚えていたようで、
親族にシーッと言っても親族は話を続けるので、わたしが大きな声でかぶせて母にバレないようにするという作戦をとりました。認知症の本を書いていることがバレると、認知症だとあまり思ってない母に引導を渡すことになりますので。
わたしはしょっちゅう母と接しているので、何とも思わなくとも、半年、1年と認知症の親族と会っていなければ、少し躊躇してしまうのはやむを得ないことなのかもしれません。母ではなく、わたしに電話で様子を探ってくる親族もいます。
秋の日はつるべ落としと言いますが、認知症の人の症状もつるべ落とし見たいなところも、正直あります。だから、そう思われてもしょうがないです。そういう言葉を掛けられたときに、わたしがいつも思うことは
今日もしれっと、しれっと。