祖母の命日である11月4日前後には、毎年決まってエンディングノートの記事をアップし続けています。
今年もその時期が来たか!ということで、母とエンディングノートを一緒に書きました。毎年使っているノートは、コクヨの『もしもの時に役立つノート』です。
エンディングノートを書けば、介護者がラクになる3つの理由をご紹介します。
人の命を代理判断しなくて済む
「心臓マッサージはどうしますか?」「気管切開しますか?」「人工呼吸器はどうしますか?」
延命措置を始めてしまい、途中でやめられなくなる・・・しかも本人の意思ではなく、家族の意思でやってしまった・・よくあります。
わたしは祖母の介護が始まったときには、認知症が進行していたので、本人の意思確認はできませんでした。それが心残りだったので、管だらけで死にそうな父に対して、遠慮なく延命措置の意思を確認して、その通りにしました。
人の命や最期を、家族が代理で判断するのは荷が重すぎます。エンディングノートで本人の意思さえわかっていれば、その通りにすることでラクになれます。
わたしは割り切れるタイプですが、その通りに実行できない方も中にはいらっしゃいます。
長い後悔をしなくて済む
介護を終えた方の講演を、今まで何度も聴いてきたのですが、介護を振り返って後悔する大きな理由は、「本人の思いを聞いてあげられなかった」です。
経済的な支援、介護に時間を割けなかったという理由もありますが、それよりも「本人の意思確認をそもそもしなかった、あるいは認知症が進行してできなかった、脳へのダメージがすごくて意思疎通ができなかった」のほうが、より大きな後悔を生みます。
わたしも祖母の介護は後悔しているのですが、父である程度回収したので、それほど大きな後悔にはなっていません。ただ、介護者の中には、介護が終わって5年経ってもまだ、後悔している方もいらっしゃいます。
エンディングノートで、本人の意思を元気なうちから確認しておけば、長い後悔をしなくて済みます。
自分の最期について考えるきっかけになる
わたしは公正証書遺言を作りましたし、エンディングノートも書き終わってます。何かあっても、妻はその通り実行すればいいので、わたしが通ったつらい経験はしなくて済みます。
エンディングノートを書くと、自分の最期について考えるきっかけになるし、そこからさかのぼって今を考えると、健康でいられることのありがたさ、生きているだけでありがたい、そう思えます。
介護のつらさも、命の重さと比較すると、いけるかも?なんて、わたしは思います。
エンディングノート、介護者と被介護者、一緒に書いてみてください。
今日もしれっと、しれっと。
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