認知症と共生社会とコミュニティデザインと

コミュニティデザイン

横浜市政策局の関口昌幸さんが、iction!プロジェクトでお話した「育児と介護の「ダブルケア」時代で行政ができること」に注目してみました。記事のポイントを、簡単に書いてみます。

2025年の横浜市の高齢者人口(65歳以上)は、なんと100万人だそうです。わずか9年で、”高齢”  政令指定都市の誕生です。かなりインパクトのある数字です。

今の30代後半から40代前半(わたしの世代)は、特に晩婚化・晩産化が進み、横浜ではひとりっ子の女性にダブルケアの負担が集中しているそうです。しかもその半分が、仕事と両立しているという現実。

女性労働力率は増加しているのですが、結婚して、子育てをしながら働いている女性の増加ではないんだそう。未婚率が増加し、非正規等で働き続けている人が増えた結果、労働力率が上がっているそうです。

人口減少・超高齢化社会において、財政もさらに厳しくなるなか「介護と子育ての充実をしましょう!」と言ってもむなしく響くだけ。

行政ができることは限られていて、公民連携でアプローチしていこう!具体的に3本の矢があるよという記事です。下記元記事を、軽く読んでみたほうがいいと思います。しかし具体策のところだけ、あまりピンときませんでした。

共生社会って?

そんな思いのまま、盛岡で参加した「共生社会を考える」というフォーラムのstudio-L代表・山崎亮さんのお話がかなり面白く、これこそ具体策!と考えたのでご紹介します。

認知症の人も、障害を持っている人も、がんの人も、年齢とか関係なく共に支えあって生きていく「共生社会」。コトバ自体は理解できても、それがどういうものなのかモヤッとしてました。

はじまりの美術館(福島・猪苗代)の例

「会津の三泣き」というのがあるんです。会津の人たちは、よそ者が入ってきても親しくしない。なので 最初に入った人は皆のそっけない態度に「一泣き」する。ところ が、いったん仲よくなったらとても親切で、涙が出るほどいい関係 になる。これが「二泣き」です。最後の「三泣き」は別れ難くて泣く。

はじまりの美術館は、東日本大震災でも崩れずに残った酒蔵をリノベーションして作った美術館です。地元住民が主体となって作ったのですが、最初は山崎さん率いる「よそ者」vs  他の土地の人を受け入れない「地元民」の戦いからはじまります。

まずは、地域の決定権をもつ ”おじいちゃん” をとりこむために、”おばあちゃん” から攻める戦略をとったんだとか。若いイケメンを酒蔵の横の空き家に1年住まわせ、地域の生活導線となる道路に面した「外で」ごはんを食べ続けたそう。

すると世話好きのおばあちゃんたちが来るようになり、野菜を若者たちに分け与え、出来た料理を運ぶようになり、亡き夫の信じられないだっさい服を、プレゼントするようになったとか(笑)

他の地域の人は見に来ても、地元民は決して寄り付かない美術館という存在を、地域の人を巻き込んで完成させ地域拠点にしてしまう・・はじまりの美術館、正直すごい!としかいいようがありませんでした。

母の通うデイサービスのちょっと変わった役割

うちの母が通うデイサービスの所長さんも、このフォーラムの登壇者。なぜデイを一般開放しているかという問いに対して、こう言ってました。

  1. 一般の人の介護施設に対してのネガティブイメージを、ちょっと変えたい
  2. 介護施設が学校や図書館、病院と同じように公共の役割を担っていることを、一般の人に知ってもらいたい
  3. 本能的に居心地がいいと感じられる空間を、地域住民とのコミニケーションから検討したい
  4. 従来の介護職員のイメージを捨て、市民の出会い・イベントの場として必要とされ、それに対応できる職員を育てたい

ステキすぎません、これ?

川崎市の老人ホーム転落死のニュースを受けて、いろんな方がご自身の施設の現状を訴えておられます。そうなんだろうけど、でもな・・・ネガティブな影響を受けていましたが、このフォーラムで浄化されました。

考えている “単位” が違いますよね、一職員、一施設とかじゃなくて、「まち」という大きな単位にまで目を向けています。うちの母がデイから帰ってくると、よくこういいます。

今日は知らない人がいっぱいいて、定員増えたのかしらね?

その話を聞くと、わたしはニヤリ( ̄▽ ̄)とします。一般の方や近所の子どもが、しれっと入ってきたんだと。母の頭の中では、デイに一般の人が入ってくるなんて発想はないので、いつも混乱してます。でもそれでいいんです、本来垣根なんていらないんですから。

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認知症だから、障害があるからとか、選別する必要はないわけです。この油そばのようなごちゃまぜ感が、たまらなく好きです。

共生社会という文字を見ても何とも思わなかったのですが、この2つのエピソードで自分の視野の狭さに気づきました。ジョン・ラスキンの「この最後の者にも」。この一文が、studio-Lの名の由来になっているそうです。

Life(生活/人生)こそが財産である。Lifeというのは、そのなかに愛の力、喜びの力、賞賛の力のすべてを含んでいる。最も裕福な国とは、高貴にして幸福な人々を最大限に養う国である。最も裕福な人間とは、自分自身のLifeの機能を最大限にまで高め、その人格と所有物の両方によって、他者のLifeに最も広範で有用な影響力を及ぼす人のことなのである 引用元:http://www.machizemi.com/modules/pico2/index.php?content_id=168

「まち」においてのデイの役割が、単なる介護施設ではなく、そのまちに住む人々のLifeに影響を与える。高貴なイメージの美術館が、地域の拠点になる。他の人を幸せにする、いい影響を与えている実例です。

盛岡市の場合、本屋さんも地域の拠点として参画しています。どこか公共性や格を感じずにはいられない本屋さんが、その性質を利用して影響力を発揮しています。(出版してなかったら、この事実には辿りつかなかった)

介護職は今でも足りない、高齢者は増える、あの横浜ですら財政も厳しい・・・でも地域の人の心に火をつけて、少ない資源で周りを巻き込んで、何かができるんですよね。

「かっこよく」というキーワードは、どこかで聞いたような?

わたしは何ができるんだろう?と考え、まずはブログに書きました。自分のなかで、へーで終わったらそれっきりなので、少しは有用な影響力を発揮しようと。

かっこよく!というポイントも、忘れてはいけません。これは、渋谷で毎年やっている「超福祉展」と共通してますよね。2014年のキャッチコピーですが、もう一度ご紹介します。

福祉や福祉機器と聞いても、なんとなく「自分には関係ない」と感じてしまう人も少なくないと思います。日本では建物や道路の物理的なバリアは年々低くなる一方で、一人ひとりの心の中に存在する「意識のバリア」はまだまだ高いまま。今回の展覧会では、思わず「カッコいい」と着けてみたくなる、「カワイイ」と使ってみたくなるデザイン、また健常者以上の機能を与えてくれる「ヤバイ」テクノロジーの福祉機器や福祉サービスを集めました。

超福祉展の場合、かっこいいデザインを福祉機器やサービスに落としこんでいました。今回はまちという大きなコミュニティに落としこんでいます。母が通うデイも建物が相当かっこいいです、デザインってとても大切です。

東北の場合、東日本大震災が共生社会への意識を強めているのかもとも思いました。参加者の多さに、正直驚きました。コミュニティデザインの本、とりあえず2冊くらい読んでみます。

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ABOUT US
工藤広伸(くどひろ)介護作家・ブロガー
1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住。
2012年から岩手でひとり暮らしをするアルツハイマー型認知症で難病(CMT病)の母(81歳・要介護4)を、東京からしれっと遠距離在宅介護を続けて13年目。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護し看取る。認知症介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。

【音声配信Voicyパーソナリティ】『ちょっと気になる?介護のラジオ
【著書】親の見守り・介護をラクにする道具・アイデア・考えること(翔泳社)、親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと(翔泳社)、医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)ほか