認知症の母はアイスクリームが大好きだ。
以前からアイスクリームが好きだったかといえば、そんなこともないと思う。
介護が始まってすぐ、わたしは100円アイスをたくさん買って、冷凍庫にてきとうに放り込んでいた。よく購入していたのは、森永のMOW。何度も購入するうちに、母はこれおいしい!というようになった。
母の認知症が進行するにつれ、アイスの種類を変えていった。
元気で食べられる、飲み込めるうちに、うまいものをたくさん食ってもらうのが、わたしの介護方針のひとつだ。食べられなくなった姿を見て後悔するようでは遅いから、前から少し高めの食材を選んでいる。8分の1にカットされたスイカ、380円と480円があったら480円を選ぶ程度だが。
人生の最期はいろいろお金がかかるが、おいしいアイスをケチって節約しなければならないほど、お金が必要になるわけではないことは、父と祖母の看取りを経験して分かった。むしろ生きているうちに、元気なうちにお金を使ってあげられないほうが後悔する。
そこでMOWを止め、レディーボーデンに格上げした。
わたしがまだ小さかった頃、レディーボーデンは高級アイスだった。
あの茶色いボディと金色のふたを見て、子どもながらに威圧感というか、高級感に恐れおののいたものだ。
大きくなって、パイントにザクっと大きなスプーンを刺して直接食ったとき、大人の階段を昇った気がした。制圧してやったぞ!そんな気持ちだった。
実家の近所のスーパーで、レディーボーデンSサイズカップ6個入りが400円くらいで売っていたので、試しに母に食べてもらった。これ、おいしい!といった。
そんな母も、認知症がどんどん進行していった。
冷凍庫にあったはずのレディーボーデンが、なぜか冷蔵庫に入っていた。冷蔵庫と冷凍庫。1文字違いだが、場所を間違うと大変なことになる。「冷蔵庫の」レディーボーデンは、ドロドロだった。
しかし母は何事もなかったかのように冷凍庫に戻し、カチカチに冷やして食べる。一度溶けてしまったアイスは味が落ちておいしくないのだが、お構いなし。
その後もレディーボーデンのありがたみを打ち消すかのように、冷蔵庫で溶かしてギャーーという日々が続いた。
母を変えられないときは、自分を変えるしかない。発想を変え、母はレディーボーデンシェイクを作っていると思うようにした。サーティーワンだって、好きなフレーバーでシェイクを作ってくれる。あれをやっているんだ。やるじゃないか。
冷蔵庫と冷凍庫の違いも怪しくなってきたので、さらにアイスの種類を変えた。
最高峰、ハーゲンダッツに格上げした。
レディーボーデンはうまいが、昭和感がある。令和なら、やはりハーゲンダッツだろう。
実家の近所のスーパーで小さいカップ6個入りで売っているのだが、800円近くもする。さすがに高いが、それ以上に認知症が進行してしまうかもしれない。あの濃厚な味を、食べるなら今だ。
しかしせっかくのハーゲンダッツも、冷蔵庫に入れてしまう。どうしようもない。ハーゲンダッツまでシェイクにして飲むなんて、セレブなのか。
そして最近は、ハーゲンダッツを食べたことを忘れてしまう。
朝が早すぎるせいか、朝8時からハーゲンダッツを食べてることもある。
起きてから、4時間後。7時起きの人で考えれば11時。お昼前にハーゲンダッツを食ってると考えれば、朝8時のアイスもありだ。
アイスを食う時間帯もおかしいが、食べる回数もおかしい。朝8時に食って、13時に食って、19時にまた食おうとする。
いくら、おいしいものをたらふく食ってもいいといっても、ハーゲンダッツ1日3個は贅沢。高齢だし、糖分を取り過ぎて短命になられても困る。
あまりに食べ過ぎるので、最近は冷凍庫のアイスを1日1個にした。
残りの在庫のアイスは、冷凍餃子の袋の下に隠しておくと気づかれないので、せっせとアイスを隠している。
認知症介護の歴史を、アイスクリームを軸に振り返ってみました。
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