認知症の母と訪問看護師さんとの、心温まるやりとりを記録しておきたいと思います。
週に1回、訪問看護師さんが実家を訪れ、母の体調を確認してくださいます。わたしが帰省しているときは、通院中の病院で医師から言われたこと、お薬の変化などについて報告しています。
わたしが不在の日も、訪問看護は来ます。看護師さんが「からだの調子はいかがですか?」と母に尋ねても、回答のバリエーションがないので「いつもどおりです」としか答えません。認知症なので、やむを得ません。
訪問看護でほぼ毎回、浣腸を行います。母は便意を感じにくいうえ、便が固くなって出なくなることで起きる迷走神経反射で何度も倒れているので、その予防のための浣腸です。
この日も「3日以上便が出ていない」とわたしから看護師さんに伝え、いつもどおり浣腸をして、トイレで便を出しました。
訪問看護師さんへ報告した認知症テストの点数
看護師さんへの近況報告として、今年1月に実施した認知症のテストが0点だったことを伝えました。すると看護師さんが突然、母にこう質問しました。
看護師さん:「ひろこさん(仮名)、何年の何月何日に生まれましたか?」
母:「はち、はち…、」
わたし:「ほら。昭和、何年、何月、何日」
亡くなった認知症の祖母も和暦をサポートすると、生年月日がするっと言える日もあり、母も同じです。今日はどうかなと思っていたら、
母:「昭和18年8月×日」
わたし:「おー、久しぶりに正しい生年月日聞いたかも!」
看護師さん:「0点なんて気にしなくていいですよ。ひろこさんお若いですよ、きれいですね」
母に「きれい」とストレートに言う人はあまりいません。少し驚きつつ母の反応を見ると、
母:「また~、あなたのほうがきれいですよ」
そう言いながら、頬に手を当て照れているではありませんか!
わたしの心の中:「ちゃんと言葉を理解して照れてる」
正直なところ、「照れ」という感情はもう忘れてしまっていると思っていました。褒められた母は、まんざらでもない様子です。
看護師さん:「いやいや、ひろこさんのほうがきれいですよ」
母:「あなたのほうがきれいですって、本当に」
2人の褒め合いがしばらく続いたあと、看護師さんがこう締めました。
看護師さん:「2人ともキレイでいいじゃないですか。ほめあうことも大事ですよ」
母:「あら、そうですね。ありがとうございます」
母が照れる姿を見たのは、いつ以来でしょうか。思い出せないほど、遠い昔のことに感じます。
自力で立ち上がったときや、時計やカレンダーの日付が読めたときに褒めることはあっても、照れる場面はそうありません。介護と照れ、なかなか結び付かないですよね。
重度の認知症になっても、しっかり照れるのね。
今日もしれっと、しれっと。





























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