2013年に亡くなった祖母は、重度の認知症でした。わたしは祖母のキーパーソンとして、介護や延命の方針を決めていきましたが、そのすべてが代理判断でした。当時の祖母には、すでに自分の意思を伝える力が残っていなかったからです。
介護を始めて1年にも満たないわたしが、祖母の命にかかわる判断を担いました。介護から1年後、祖母は亡くなりました。13年経った今も消えない後悔、それは「元気なうちに、ばあさんの意思を聞いておけばよかった」です。
もしかすると、母が祖母の意思を聞いていたかもしれません。しかし、母も認知症に。祖母の後悔を、母では繰り返さないという強い思いがあって、2013年から毎年、祖母の命日のころに母とエンディングノートを書き、更新してきました。回数は13回。当時のブログ記事も、たくさん残っています。
エンディングノートの更新をやめる理由
理由は、母も重度の認知症になり、ノートについて話し合えなくなったからです。字が書けるあいだは、母が自分で書いていました。やがて字が書けなくなり、口頭でのやりとりで頑張りましたが、それも難しくなりました。
- 2013年~2020年:母が自分で書いていた
- 2021年~2023年:わたしが質問して、わたしがノートを書く
- 2024年~:母がノートの質問の意味を理解できなくなったので、わかりそうな質問のみ


今、母が示す唯一の意思が「家で最期まで暮らしたい」です。延命措置の言葉の意味も、介護の意味も、もうわかりません。これ以上ノートの内容を語りあうのは難しいと判断しました。でも、いつかこの日が来るとは予想していました。
13回の更新で、母の意思はほとんど変わりませんでした。一貫していたので、延命治療、お墓、葬儀などは、その意思をもとに進めるつもりです。介護の方針は「できる限り、自宅で生活したい。でも息子が介護で疲弊したら、施設に入ってもいい」でした。
祖母のときのような後悔は、しなくて済みそうです。何度も何度も母の意思は確かめてきたので、毎年の恒例行事がなくなる寂しさはあっても、達成感のほうが勝ります。
あとは母が大変な時期を迎えたとき、わたしが粛々と、いや、しれっと母の意思どおり貫けるかですね。
今日もしれっと、しれっと。




























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