小池百合子東京都知事の介護「すき焼きは病院では出てこない」

PRESIDENT 2016年8月29日号の記事「小池百合子東京都知事「幸せな老親介護、私の体験」」を読みました。まずは、先日の都知事選の演説をご紹介します。

私も3年前、肺がんの母を自宅で看取りました。母が『私の好きなすき焼きは病院では出てこない』と言ったからです。母は、大好きだったタバコを一服して、庭のバラを見ながら旅立ちました。これからは、私のように自宅で最期の看取りをする人が増えてくるでしょう。
引用元:http://president.jp/articles/-/19896

介護における究極の目標とは、
 
「その人の迎えたい最期を、実現する環境を作ってあげる」

と、わたしは考えています。実際は、介護者自身や家族の都合、経済的、時間的な問題で、「介護者優先の最期」になってしまう方も、多くいらっしゃいます。

わたしも、祖母に関しては「介護者優先の最期」になってしまいました。母から介護を引き継いだときには、すでに自分で何も判断できない状態でした。成年後見人として、祖母の役割を果たしながら常に考えていたことは

「祖母は、本当はどうしたかったんだろう・・・」

これでした。母のエンディングノートを、祖母の命日に毎年更新するのも「本人の意志」を反映させたい、理想の最期を迎えて欲しいという思いでやっています。優しさとかそうではなく、介護者は迷いなく介護が進められるからラクというのが理由です。

7月に発売した新刊にも、自宅で看取ることや、最期の迎え方の選択肢を少しだけ提案しました。小池知事の話に戻ります。

肺がんが見つかっても、『最期まで好きなことをしたい。不自然な方法での長生きはしたくない』と言った母は、手術や抗がん剤治療をせず、『自宅ホスピス』のような形での最期を選びました。愛犬や介護をサポートしてくれる人たちに見守られながら亡くなったのは、彼女にとっての幸せな終わり方だったと思います。
引用元:http://president.jp/articles/-/19896

祖母は子宮頸がんで、緩和ケアのある病院へ入院しました。結局、モルヒネを投与することはなかったのですが、病院内での大腿骨骨折がきっかけで、一気に死が近づきました。

病院に居てはさらに弱るだろうと考え、退院させてサ高住で最期は楽しく生活してもらおうと何度かトライしたのですが、なぜか発熱を繰り返し、結局叶うことはありませんでした。

母は、できるだけ病院や施設には入りたくないし、不自然に生きたくないと言っています。小池都知事のお母様のような自宅での看取りをわたしは目標にしていて、かかりつけ医にも伝えています。

自宅介護を決めたのにはいくつか理由があります。ひとつは、父の最期を看取れなかったことへの後悔です。父は、入所していた特別養護老人ホームで具合が悪くなり、併設の病院で最期を迎えました。
引用元:http://president.jp/articles/-/19896

祖母を看取ることはできたものの、やはり療養型病院でなければ、あと2年くらいは生きられたかなと思うことは今でもあります。一度後悔すると、次は後悔したくないと思うもの。後悔は、次への大きな原動力になります。小池都知事と同じ想いが、自分にもあります。

とはいえ、その時点では、自宅介護が成立するかどうかの見通しさえ立っていない状況だったという。退院を決めてから、延命のための治療ではなく、末期がんによる痛みを和らげるための「緩和ケア」の経験豊富な医師を探し、自宅でもほとんど病院と変わらないケアが受けられる態勢を整えた。
引用元:http://president.jp/articles/-/19896

「余命1ヶ月」と言われ、自宅で看取る決断を小池都知事はしたそうですが、退院して12日でお母さまは亡くなったそうです。

わたしも祖母が「余命半年」と言われたとき、介護離職を決断しました。余命期間を告げられると、今まで見えてなかった命のゴールテープが、目の前に現れます。あのテープを見ると、自分の価値観が変わります。小池都知事は自宅での看取りを決断し、わたしも介護離職を決断しました。ゴールテープが見えるから、こういった決断ができるのかもしれません。

喪失感はもちろんあるものの、看取った後にある種の達成感のようなものを抱くこともできたという。介護を続ける人にとって、これは大きな支えになる意見だろう。
引用元:http://president.jp/articles/-/19896

達成感の源(みなもと)は、やはり本人の希望に沿えるかどうかだと思います。わたしの場合は、達成感半分、後悔半分でした。その後悔を母にはしないように、行動しているし、他の人にも同じ感覚を味わってほしくないので、ブログや本でそういったことを書いています。

自宅看取りだけがいいわけではないのですが、もし最期に母が「すき焼き食べたい」という事があったら、それは実現させたいな・・・そんな思いで、この小池新都知事の介護の話を読みました。

看取りを想像するなんて縁起でもない、まだ先という考えも理解できます。ただ、介護者ご自身が介護の終わりに、達成感>喪失感を実現したいのであれば、どこかで一度は考えておいて損はないと思います。

この記事をきっかけに、一度元記事を読み、なんとなく考えてみてください。

今日もしれっと、しれっと。

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2 件のコメント

  • 工藤先生の本、読ませて頂き涙が止まりませんでした。私の両親は現在介護保健施設に入居しています。そんな親を見るたびに罪悪感と可哀想だという気持ちがありますが今をここを生きている親は理想の生き方をしている。という言葉に何故かたまらなくなり号泣しました。
    今まで介護職を経験し介護職業福祉士、ケアマネの資格を取得しもし親が介護状態になったら自宅で介護、看取りが出来ればと考えていたのに。これでは意味ありませんよね。情けないです。
    結局は綺麗事でしかなかったんだと思います。

  • 匿名さま

    コメントありがとうございます!

    施設で楽しく過ごしていらっしゃる方もいるので、そんなにご自分を責めなくてもいいかと思います。いろんなカタチがありますので、ご本人が穏やかに過ごされているならばそれも答えかと思います。

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    1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ものがたり診療所もりおか地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得 (廣済堂出版)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)