最近、認知症の母が
と何度も繰り返し言うようになりました。認知症の人が訴える「痛み」について、どう対処したらいいのでしょうか?
認知症の人の「痛み」について
認知症の症状が進行すると、コミニケーションができず「痛み」を見抜くのが難しくなります。
認知症の母が「口の中が痛い」と言ったとき、口内炎でもできたかなと思ったのですが、よくよく考えると直前に食べた熱いドリアのせいでした。母はドリアの事を忘れていたので、わたしに正確に伝えられません。「失語」によって、伝えられない人もいます。
あとは受け手側の問題で、「痛み」を見抜けないため「痛くないのだろう」と勝手に判断して、適切な緩和ケアを施すことができなかったりします。
亡くなった祖母は「やや高度(長谷川式30点満点で5点)」までアルツハイマー型認知症が進行していましたが、病院のベッドから落下して大腿骨を骨折しました。さぞかし痛いだろうと祖母によく質問したのですが、ほぼ100%「痛くない」という回答でした。わたしは安心したのですが、本当は痛みはあったのかもしれません。
ニッポン放送の認知症ラジオ番組「ひだまりハウス」で、「痛み」についてこんなことを言ってました。
「認知症やMCI(軽度認知障害)の人が特別体力があるわけではなく、痛みや疲れが脳まで届かない」
とにかく「痛み」に気づくのは難しいことは分かるのですが、母は繰り返し「痛み」を訴えるのでさてどうしたものかと調べてみると、こんな論文を見つけました。
認知症の痛みのサインの論文
国際医療福祉大学大学院の「認知症高齢者の痛みサインを用いた評価枠組みの検討」という論文を読むと、日本では認知症の痛みに関する研究がないとありました。
療養型病床に勤める看護師へのアンケート結果から「痛み」にアプローチした論文なのですが、ものすごく簡単にまとめると、
- 「痛みについて言う」「しかめっ面」「眉間にしわを寄せる」「怒る、怒りっぽい」がサインとして有効
- 看護師でも「認知症の人は痛みを感じない」と思っている人がいる
- 認知症の人が「痛い」と何回も訴えても、「同じことを何度も言う症状」と判断されることも
「痛み」を訴えた人は、骨折、関節拘縮(動かないため関節が固まって動かない)、腰痛、褥瘡(じょくそう:床ずれ)、がん(いずれも術後含む)などがあったそうで、療養型病床でデータを取っているのでそうなるのかなと思います。
もし母が入院したら、そういう視点でも疑ってみようかなとも思います。今の母に関しては、3番目とわたしが判断してしまっているので、さらに突っ込んで考えます。
認知症の母の「痛み」の訴え
先日、訪問看護師さんが家に来たときに、2年前に包丁か何かで切った中指の先の話を流れでしました。外科に連れて行くと、傷が浅く縫う必要はないという判断で、バンソウコウのようなものを貼って終わりました。
その訪問看護から2週間後から、母はこう言い出しました。
不思議なもので、本当に寒かった1月や2月は何も言ってなかったのに、あの訪問看護以降こういうことを言い出しました。
指を切った当時、訪問ヘルパーさんに「中指を縫った」というウソの情報を言っては驚かせるということを繰り返していて、あの当時の記憶が蘇ったのかなと推測しました。
口腔カンジダになった今も、わたしが余計なことを言ってしまいました。カビが原因で咳が出たという話や、誤嚥性肺炎の話を何度かしたところ、
今までそんなこと言わなかったのに、急にカビが肺に入った状態をイメージしてかこういうようになりました。
認知症の人が「痛い」と言えば、家族はやはり心配になります。心配を払拭するにはやはり、病院へ連れて行くに限るのですが、「病院なんか行きたくない」といういつものやりとりが始まります。
結局、じっくり観察して「察する力」が最も大切であり、論文からも表情や言動がいつもと違う場合は「痛み」を選択肢として、介護者は入れておくべきでしょう。
一方で、わたしのように人生歴や最近の出来事まですべて把握しているご家族なら、いわゆる「かまって欲しい」状態とも判断できるかもしれません。最近はカンジダで、母と1日3回歯磨きを一緒にやっているので、どうしても余計な刺激を与えているため、訴える回数も多いような気がします。
反応しない、いわゆる「しれっと」対応したほうが、うちの場合は訴えが減ります。子どもが反応すると、同じことを何回もリクエストしてくる、でも構わないでいるとその回数が減るというあの感じに近いと思ってます。
とはいえ、何%か心配にはなりますよね、正直なところ。ただ母はつじつまがあってないので、うちはしばらくは「様子見」するつもりです。
認知症の痛みのサインのまとめ
- 「認知症の人は痛みを感じない」と考える看護師もいるくらいなので、その考えをリセットする
- 認知症の人の表情、訴えなどに耳を傾けて、日常との違いを察する
- 介護家族の場合は、日常の生活歴、人生歴からも原因を探る
- 心配な時間を過ごすくらいなら、さっさと病院へ連れて行く(←なかなか簡単ではないし、医師も見つけられないことも)
今日もしれっと、しれっと。
こんにちは。
一緒に話している例えば私がした痛かった話、怪我した話を聞いていて、自分の経験した話にすり替わっている事、あります。
母は血管が弱いらしく、昔から少しのことで手首や腕に内出血を造っているので、こちらも見慣れているのですが、つい「あれっ、どうしたの。」と言ってしまうと、それまで何もなかったのに「痛いのよ~」と言い出すこともありますね。
急に内出血の見ばえを気にしだしたり。
それでも、去年盲腸炎からくる腸閉塞をした時には、入院の前日・前々日には吐いたものの、盲腸が破裂していたというのに腹痛を訴えなかったらしいのにはビックリしました。
「お年寄りの盲腸炎はわかりにくいんですよ~」と担当医も言っていたので、私もズキっと来た時は痛くても、おさまると痛かったことを忘れてしまうのかと思っていました。
それでも、入院中私が付いている時に様子が変だったりした時には痛かったのかな~といまさら思います。
う~ん、私もまだまだです。
わかなまるさま
>例えば私がした痛かった話、怪我した話を聞いていて、自分の経験した話にすり替わっている事あります。
うちもよくあります、すり替わり。で言われる回数も多いです。痛みに関連するリピートは、他のリピートよりもわたしにダメージがあります。
高齢者の盲腸はそうなんですね、痛みが分かりづらい・・・やはり日頃の観察がとても大切ということですね、勉強になりました!