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予想をはるかに超えて進行する母の認知症について思う2つのこと

新型コロナウイルス感染拡大前は、東京2週間、盛岡1週間というペースで遠距離介護をしていた。年間だいたい20往復程度のペースで、丸8年。このペースで遠距離介護したメリットは、母の認知症の症状のちょっとした変化が分かること。

初めて見る母の変化に驚きつつも、何度もその症状を見ているうちに慣れ、なんとなく自分の中で納得しながら受け入れる作業を続けてきた。

しかし今はコロナ禍。東京2か月、盛岡1か月のペースに遠距離介護が変わった。緊急事態宣言の時は3か月ほど間隔が空いた。そんな今、思っていることを、2つにまとめてみた。

新しい認知症の症状に驚く

母と会う間隔が空いてしまうと、認知症の新しい症状に慣れる時間が足りないし、帰るたびに驚くことが増える。例えば、今回の帰省ではこんなことが起こった。

  • 14時の意味が分からなくなり、午後2時と書くようにした
  • 「トイレのふたを閉めましょう」と貼り紙をしたら、「閉める」が読めなかった
  • インフルエンザの予防接種の記入で、自分の住所や名前が書けなかった
  • あんなに大好きだった柿の名前が出てこなかった
  • わたしを見ながら「くどうひろのぶ」って誰ということがあった
  • 亡くなった祖母がさっきまでそこに居たと言った
  • 夏の余韻のせいか、寒くても掛布団の準備を忘れる
  • テレビリモコンの「電源」の意味が分からず、テレビを消さない
  • いつも出来ていた朝食の準備がおぼつかない

ひとつひとつは小さなことだが、できないことがワッと増えたものだから、わたしの受け入れ態勢が整っていない。いわゆる尿便失禁やら、もの探しやらといったものはもちろん毎日あって、さらにプラスオンされているから、対処しなければならないことが山のようにある。

それぞれの対処法を考えているうちに、帰京する日が来てしまう。盛岡に居る間に対応できることは、一応こなした。

優しくなれない

2つ目は、母に優しくなれない。

今までの認知症介護で、母に強く当たることはあまりなかったのだが、ここ最近は自分で後悔するような指摘や注意をしてしまうことがある。

質問の繰り返しの回数が尋常じゃないし、ここにきて一気にできないことが増えすぎて、自分の中で処理が間に合ってない。

元々、自分は穏やかな性格だし、会社を辞めてからは愚痴も減った。喜怒哀楽でいったら、怒りは人生で最も少なく、中華料理屋の名前によくある喜楽のほうが多い。

母も暴言を吐くことはないのだが、ほぼ作話ベースで話すので、理性で抑え込んでいた毒みたいなものを吐き出すこともある。お世話になっている人を悪く言うこともあり、イラっとする。

母にガッツリ怒ることはないけど、やはりチクリと言いたくなる。77歳で認知症歴8年、要介護2。こんなもんなのか、これまで十分対応できてきたほうなのか、それともまだ何か医学的にやれることはあるのか?そんなふうに考えるからか、コロナ前ほど優しくなれてない。

これらのこととは全く関係ないのだが、妹と母の今後について話し合った。また、ケアマネさんやヘルパーさんからもお声掛け頂き、母の今後について話し合った。このタイミングで今後について話し合えたのは良かった。話した内容は後日、ブログ記事にするつもりである。

できないことを数えるよりも、できることを数える。認知症介護の鉄板的な格言があるが、今回はできないことのほうを数えてみた。

今日もしれっと、しれっと。

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ABOUT US

工藤広伸(くどひろ)介護作家・ブロガー
1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住。岩手にいる認知症&難病(CMT病)の母(77歳・要介護2)を、東京からしれっと遠距離在宅介護を続けて9年目。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護し看取る。認知症介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。2度の介護離職、成年後見人経験者。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。
【著書】親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと(翔泳社)ムリなくできる親の介護(日本実業出版社)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)ほか