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加速する認知症の進行に気持ちがついていかない話

この前まで実家に居たときの認知症介護の1か月の総括です。

総括なのでブログに書いた話も含まれていますが、一言でいうと認知症の症状が想像以上に加速していて、わたし自身も認知症介護の新たな壁にぶつかってる感覚です。

自分の名前が書けない

筆まめだった母も、いよいよ自分の名前すら漢字で書けなくなりつつあります。

週1回の訪問リハビリで、利用者がサインする機会があって、そこに書いてある「工藤」の文字が、どんどん崩れています。崩したうまい字のようにも見えるのですが、画数の多い「藤」が書けてません。名前は読み方は合っているけど、全く違う漢字を書いてしまいます。

問診票を書く機会があれば、リハビリを兼ねてできるだけ母に書かせていました。昨年は怪しくも書けていた気がするのですが、今年は書けない回数が確実に増えました。

息子の名前を忘れる

あれ、あんたの名前、なんだっけ? 

最初、こう言われたときはウソでしょ?って正直思いました。認知症が相当進行した、しかも最後の1年しか介護してない会う回数の少なかった祖母ですら、病室に行けばわたしの名前は覚えていたからです。

母のほうが祖母よりも10年早く認知症を発症しているし、長谷川式5点の祖母を追い越していくんだろうなと思っていましたが、現実のものになっているかもです。

ただ少しずつ、本当に少しずつ、名前が出ない回数が増えていく感じです。急に名前を呼ぶ日もあるし、その次の日は「あんた誰だっけ?」と言うしで、ホッとする日とエッ?っていう日が交互にやってきます。そのおかげで、少しずつ現実を受け入れられています。

ものの名前が分からない

季節的に、母に何度も梨をむいてもらいました。

料理はだいぶできなくなっていますが、リンゴや梨をむくのは問題なくできるので、リハビリでやってもらってます。しかし、梨をむきながら母は「リンゴ、リンゴ」を繰り返します。「梨でしょ?」と訂正するのも、わずかな期待からなのですが「リンゴおいしい」と言って食べてます。

名前が入れ替わる

母の妹と母の娘の名前が、しょっちゅう入れ替わります。しかも息子と娘の名前は忘れるのに、何十年も会っていない、お隣の美人姉妹の名前はやたらと出てきます。

わたしね。この前、ちらっと見かけたんだけどね。やっぱりキレイだっけ~

数年前、お隣の旦那さんが亡くなったとき、母を連れて拝みにいったのですが、ひとりは住んでいるけどもう1人は他県に住んでいると聞きました。頻繁に帰省し外出も多いわたしですら、美人姉妹を何十年も見かけていないのに、家とデイの往復しかしていない母が会うわけがありません。

幼少期、9回の引っ越しでご近所の様子を常に気にしながら生きてきた母の行動は、認知症が進行するにつれ強まっているようで、家族よりも会ったことのないご近所が優先されるようです。一時的なものかもしれませんが、ご近所の名前より家族の名前を覚えておいて欲しいです。

ご飯を食べたか忘れる



かなり頻繁に、ご飯を食べたか忘れます。母は「ごはんまだなの!」と怒らない分、介護的にはラクですが、「ごはん食べたかしらね?」とは言います。

間食を食べ、夕食をしっかり食べないと、夜にお腹が減ってしまって食べてないと感じるようです。前は好きなときに好きな分だけ食べてもらってましたが、最近はアイスを何個も食べようとするので、たまにしか買わなくなりました。

間食を制限して、夕食をしっかり食べてもらうように一緒に居るときはやっています。

認知症介護者としての反省

これまでの認知症介護では、初見の症状に驚き、考える時間があって、最後は症状を受け入れて消化してきました。

しかし最近は、考える間もなく症状が加速していくし、頻度も多いので、自分の対処法をゆっくり考えてブログに書いている時間がありません。そんな感じなので、自分自身に「優しく優しく」と言い聞かせても、モノの言い方が優しくありません。

もちろん手が出たりとか、怒鳴り散らすようなことはしませんが、介護者としての言い方、自省が多くなっています。わたしの中でどこかにまだ、期待が残っているんでしょう。「リンゴじゃなくて梨でしょ」と何度も訂正してしまうのも、まだ諦めてないからです。

事実、たまに梨を理解できる日もあります。元々70点を目標にして介護してきましたが、今回の1か月は50点くらいでしょうか。新たな壁にぶつかっています。やっぱりコロナで会える頻度が減ったことが、認知症を加速させてしまったと思います。

介護でなんとか抗ってみる、でも医療的というか治療法的には諦めモードに入りつつあったのですが、こちらはいずれブログに書きます。

音声配信voicyの最新回は、認知症介護者同士の嫉妬のお話です↓

今日もしれっと、しれっと。


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4件のコメント

くどひろさんの『親が認知症!?…』に助けられています。母は80、私は55才。距離はおなじ県内ですが、車で1時間半くらい。認知症の診断は5年くらい前、しばらく勘当されていたのでまったく気がつきませんでした。父が亡くなって母が一人暮らしをはじめたとき診断を受け、これといった治療もせず5年。名前の漢字が別の字になり、いまはひらがなでやっと書いています。くどひろさんの本やブログを拝見しながら、進む道を模索しています。ありがとうございます。

さかいひろこさま

本を読んで頂き、ありがとうございます!

同じ県内でも90分かかるのであれば、結構距離ありますね。治療もお医者さんのあたりハズレがあり、お薬の処方も本当にバラバラなので難しいところです。ブログや音声配信等から、何かヒントになるものがあるとうれしいです。

以前、スマカメのことでいろいろお伺いしたあっぱです。その節は、ありがとうございました。

今回のブログを読んで、私の経験をお伝えできたらなと思いました。

実は、うちの母はもう私のことはほとんどわからなくなっています。以前は、母の妹だったり、姪に間違われていたのですが、施設に入所後、コロナの影響で面会の機会がぐっと少なくなってから、母の認知症は進み、今では病院の付き添いで直接会う機会があっても、介護士さんの一人と思っている様子です。

それでも悲しくはありませんでした。あぁ、ついにその時が来たのかなというような感じでした。もともと他の家族よりも、母の病気に対して受け入れモードに切り替わるのも早かったのですが…。

でも、あまりショックに感じなかったのは、母が私に私の話をしたからだと思います。その時、私のことはわからなくても、私という娘がいるという事実は母の中に残っているんだということがわかって、とても嬉しかったんです。

くどひろさんのお母様もきっと同じではないでしょうか。ときどき忘れてしまうことがあっても、きっとお母様の中にくどひろさんはいると思います。

介護しているといろいろなことがあって、私も壁にぶち当たることがあります(そんな時は、くどひろさんのブログや本を読んで助けられています)。くどひろさんなりの答えというか、落ち着けどころみたいなものが早く見つかるといいなと願っています。

あっぱさま

経験談、ありがとうございました!

おそらく母への期待が消えたとき、もっと受け入れられると思ってます。そして母が名前をたまに思い出すだけで、おーすごい!なんてことになる未来も予想してます。祖母と母、症状が似ているところがあるので、母も最後まで名前を覚えているんだろうと思ってましたが、ちょっと違っていたようです。娘さんの事実がお母さまの中に残っているお話、とてもいいですね。

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ABOUT US

工藤広伸(くどひろ)介護作家・ブロガー
1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住。岩手にいる認知症&難病(CMT病)の母(78歳・要介護2)を、東京からしれっと遠距離在宅介護を続けて9年目。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護し看取る。認知症介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。
【著書】親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと(翔泳社)ムリなくできる親の介護(日本実業出版社)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)ほか