認知症の母と接する際の基本姿勢はこれだ。
残念だけど、今伝えたことも、さっきデイから帰ってきたことも、明日の通院のことも、母は全部忘れるし、分かってないだろうといつも思っていて、いい意味で「諦め」の割合が増え、分かっているかもしれないという「期待」の割合が減っている。
こんな考えがベースにあるから、逆のことが起きるとかなりビックリする。そして、認知症って何だろう?って思うことになる。
母と歯医者の待合室で待っていたときのこと。
と言い出した。
今から4年前。受付に若い女性がいて、その後何人かの若い歯科衛生士さんがいなくなったときの話で、これは事実である。
3年前、2年前も、歯医者に行くと必ず母はこの話を何度も繰り返す。もう聞きたくないレベルだったが、認知症が進行した最近は、このこだわりが消えつつあった。
と思っていたところに、いつもの話が復活した。
4年も前にいなくなった、受付の女性のことを今も覚えているのはなんでだろう? それほど接点もなかったけど、かなりの美人さんだったから覚えているのだろうか?
先日、デイサービスの回数を増やす相談をデイの所長さんとしていたときに、4年前にデイを止めた佐藤さん(仮名)の話になった。母は佐藤さんの顔も思い出も忘れてしまっているけど、佐藤さんの名前だけは何回も何回も出てくる。
大半のことは覚えてないのに、変なところだけ記憶が残っている家の様子を話すと、
デイでも、4年前に辞めた佐藤さんの名前を連呼しているらしい。4年前に何かあったわけではなく、たまたま覚えているのだ。
他にも、母は裁縫道具を何時間もいじっていることがあって、正直何を縫っているのか分からないけど、本人が落ち着くからそれでいいかと思い、裁縫箱が欲しいと言われたらいつも渡している。
いつまでも毛玉を取り続ける日もあるので、今日も毛玉を取っているのだろうと思いきや、自分のズボンの穴をしっかり補修していた。裁縫できる日もあるんだと、驚いた。
これは認知症介護あるあるだけど、何もできない前提で考えていると、たまに普通のことができると異様に驚く。え、まだそんなことできるの、能力残っているのって。
その見極めができるといいんだけど、難しい。奇跡的にできたと思って、翌日に同じことをお願いすると、今度はできないなんてこともある。
母の普通の行動にビックリできるようになったということは、本当の意味で諦めが定着してきたのかもしれない。
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今日もしれっと、しれっと。
くどひろさん、こんにちは。私も覚えてることに驚くことがあります。諦めに入ったのですかね。数学研究家の話になり、ノーベル賞取った人がたくさんいるから、と話したら、父がノーベル賞には数学はないよ、フィールズ賞だよ、と言いました。私はノーベル賞に数学があると思ってたので、私の知らないことを知っていると嬉しくなったのですが、諦めに入っていたんですね、、、。複雑になりました。
ぴっぱさま
フィールズ賞がすらっと出てくると、うれしいですね。
諦めは認知症介護をラクにしてくれる部分もかなりあるので、諦めのステージに入ったかとプラスに考えたほうがいいかもしれません。詳しくはわたしのブログで心理的ステップで検索してみてください。