今日から四国を旅します&18歳当時のわたしの話

今日から3日間、わたしは雨の四国をグルっと旅しております。なぜ四国を旅行することになったのか?

18歳の時のはなし

わたしは盛岡の高校を卒業して、進学のため上京しました。亡き父はどうしても地元の大学に入って欲しかったみたいで、父の妙な妨害工作もあったのですが、それでもわたしの上京の意志が固くて。

インターネットのない当時は、都会と地方では大きな格差があったと思います。特に情報量が圧倒的に違っていて、その差を埋めるのは上京!そう思ってました。

最初は新聞奨学生でいいから上京したいと、父に言いました。割と優等生でいい子だったわたしが、そこまでして上京したいと言ったので、その意志の強さに驚いたと思います。

新聞奨学生を探し、その次は岩手県出身者の学生寮に入ろうと思いました。その線で決まりかけてたところに、父の妹が駅売店キヨスクの販売員をやっていて、そのキヨスクが大学生を契約社員として雇うトライアルをやるという話が舞い込みました。

父も自分の妹と息子が一緒に働くのならいいと思ったのか、わたしは18歳で大学生&キヨスクの契約社員になったのです。昼間は大学に行って、夜3時間だけ上野駅のホームで売り子を4年間やりました。

この生活の良かったところは、キヨスクの社員寮に入れたことです。寮費は5,000円でしたし、食事も別途支払う必要がありましたが、なんとか生活できました。だから、親も仕送りの必要がなかったのです。月8万円の給料でしたが、十分でした。

朝は学食、夜は寮のご飯、お金がかかりませんでした。調子に乗って、パチスロのモーニング(上野)に並んでいたほどです。

それでパチスロに負けると、その月は生活できなくなるので、トポスで30円のインスタントラーメンを30個買って、部屋でそればかりを食べていました。クズみたいな生活をしていましたが、それでも楽しかったです。

大学の友達はテニスサークルとか入って、キャンパスライフを謳歌して楽しそうと思ったこともあります。わたしは仕事があったので、サークルにも入ることができず、ひたすら働く勤労学生みたいな感じでした。

今の大学生の2人に1人が奨学金を利用しているという話は、本当に大変だなと思います。生活費は自分で稼いでいましたが、学費はしっかり親に出してもらいましたから、親には感謝しています。

当時のキヨスクはバーコードスキャンがないので、すべて暗算でした。また東北新幹線の終着駅が上野だったので、おみやげの「ひよこ」をバカみたいに売った記憶もあります。

夜のキヨスクは、仕事帰りのサラリーマンでごった返します。わたしは高崎線、東北線、常磐線を主に担当していて、そういった中距離電車はボックス席もあります。だからビール、ワンカップ、つまみを買い、夕刊フジ、ゲンダイ、東スポが、死ぬほど売れるのです。山手線とか京浜東北線のホームは、意外と暇なんですよね。

わたしはタバコは吸わないのですが、タバコの銘柄と値段は当時は全部覚えてました。東スポの見出しをうまく見せる、新聞のタケノコさしもできます。

そんな時、高校を卒業して新卒として入社したのが、Tくんです。立場は違えど、わたしの同期みたいなものです。上京してすぐはやっぱり不安でしたから、地方出身の同世代の知人がいることで、かなり救われました。わたしがパチスロで金がなくなったときも、新卒の同期にごちそうしてもらったり・・・クズでした。

わたしが四国を旅行する理由は、そのTくんが高知出身で、高知を案内してくれるというので遊びに行くことになりました。前に東京で1回あったのですが、それが26年ぶりくらいだったんですよね。Facebookってすごいな、そう思いました。

香川は仕事で行ったことがあるので、愛媛、高知、徳島を制覇して、これで四国はコンプリートです。高知だけ案内してもらって、あとは書店をみたり、なんとなくウロウロしたり、時には本を執筆したり、これといった目的のない旅ですが、自分へのご褒美ということで。

もちろん、四国から盛岡の母の様子は、スマカメでチェックしながらです。初LCCを使って、ビジネスホテルも使いながら、雨の格安旅行へ行ってきます。

今日もしれっと、しれっと。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護2)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年悪性リンパ腫の父(要介護5)も別拠点で在宅介護したが死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)、著書:がんばりすぎずにしれっと認知症介護 (新日本出版社)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)ほか