妻がヘルプマークをつけるようになって感じたこと

ヘルプマーク 取得

膠原病(全身性エリテマトーデス:SLE)の妻が退院したのが、2月頭のこと。

それから自宅療養中ですが、家の中ならひとりで生活できるものの、外出はまだ厳しいです。太陽を避けた生活をしているので、帽子やメガネは必須です。

先日、妻と一緒に区役所まで行って、難病申請をしてきました。見た目には若くても、歩くスピードは手足が不自由なわたしの母よりも、80歳のおばあさんよりも遅く、おばあさんが後ろから追い抜いていくほどです。

なので、わたしが母の介護で盛岡に帰るときは、ネットスーパーで買えないものに関しては、わたしが買って帰省します。

体力をつけないといけないので、ひとりで外出することもたまにありますが、毎日連続の外出は、今のところ厳しいです。

はたから見れば普通の容姿なので、難病ですよ~ということを周囲に分かってもらう必要があり、都バス営業所でヘルプマークをもらってきました。ヘルプマークについて、東京都福祉保健局の定義を引用します。

義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見から分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークです。

引用元:http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/helpmark.html

母のシャルコー・マリー・トゥース病も難病なのですが、治療しても治らないということで、通院はせずにリハビリのみで頑張っていて、難病申請はしていません。見た目に明らかに不自由なことが分かるので、ヘルプマークはつけていません。

都内では何度もマークを見かけるのですが、他の地域であまり見かけないなぁ・・と思ったら、ヘルプマークは全国区ではないんですね。

Media116が独自に調べた結果、都道府県単位で「ヘルプマーク」もしくは「ヘルプカード」(ヘルプマーク同様、必要な支援について書かれたカードタイプのもの)、またそれと同等の役割を果たすツールを導入しているのは、24都府県(2017年4月5日現在)。

引用元:http://www.media116.jp/society/4710

ヘルプマークの取得の際、難病であることを証明する何かを持っていく必要があると思ったのですが、窓口で「いくつ必要か言って頂ければ、お渡しします」と言われ、あっさり入手できました。東京は、都営地下鉄の駅でも入手できます。

妻はバスや電車は絶対に座らないといけないし、近所は自転車で何とか移動できるレベルですが、やはりヘルプマークは必要です。

ヘルプマークをもらってからの世界

見た目には体が不自由だと分からない、でも不自由を抱える人がつけるヘルプマーク。

妻がヘルプマークをつけるようになってからというもの、街で見かけるたびに「この方はどこが悪いのかな」「大丈夫かな」という、スイッチが入るようになりました。

何がありがたいって、妻はヘルプマークをつけることを嫌がらないし、障がい者手帳の申請もやると言っています。中にはヘルプマークが恥ずかしい、障がい者手帳の取得は心理的に抵抗があると考える人もいる中で、使えるものは何でも使うという精神は、夫婦同じなようです。

皆さんから頂いた情報を基に、難病申請、障がい者手帳、保険金の申請など、ひとつひとつクリアしています。妻は頭を使い過ぎると疲れるようなので、わたしができるだけ担当の話を理解して、ひとつひとつ進めています。

今日もしれっと、しれっと。

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ABOUTこのブログを書いている人

1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護2)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。2017年悪性リンパ腫の父(要介護5)も別拠点で在宅介護したが死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!NHKニュース「おはよう日本」でこのブログが紹介されました。連載:介護ポストセブン(小学館)、著書:ムリなくできる親の介護(日本実業出版社)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)ほか