喪服送って盛岡へ、いざ父のいる救急病棟へ

母とわたしのエピソードはほっこりすると言われることがあるが、父とわたしのエピソードはほっこり感ゼロなので要注意だ。縁起でもないと思うかもしれないが先週、盛岡行きの新幹線に乗る前に「喪服」を宅急便で送った。

今までの経験上、急に亡くなっていつも慌てるのが「喪服」なので、今回は慌てないようにするためだ。この処置説明書を読めば、誰でもそういう気持ちになると思う。説明書には、こう書いてあった。

  • 呼吸状態が悪く、挿管のまま集中治療室に戻ってきました。
  • 事前検査を大幅に省略しての、緊急での全身麻酔下手術になりますので、術中に何が起きてもおかしくありません。(心停止を含みます)
  • 栄養状態が非常に悪そうで、体力がなさそうです。
  • 悪性疾患の可能性があり、かなり進行している可能性もあります。
  • 体力がないため、多臓器(肺、心臓、腎臓、肝臓など)が機能を落としていく可能性があります。
  • 状態は非常に不安定です。
  • 急激な変化(呼吸停止、心停止)を来す可能性もあります。

とにかく「覚悟」して、救急病棟へ向かった。

集中治療室入口では手の消毒後、黄色のガウン、ビニール手袋をつけ、体温を測ってからの入室となる。入口の掲示板には「SNS禁止」という意味不明なポスターが。このガウンを来て、Facebookとかにあげちゃう人いるんだ・・・そう思った。

テスト勉強しなきゃいけないときに限って、掃除を始めることってよくあるが、あの感じが突然やってきた。「覚悟」とは裏腹に、頭の中ではドリカムの曲が流れ始め、後ろから江口洋介や松嶋菜々子が来るんじゃないか・・・ドラマ「救命病棟24時」を想像した。それで終わればいいのだが、唐沢寿明が総回診に来るんじゃないか、米倉涼子がコツコツヒールを鳴らして「いたしません!」とか言いにくるんじゃないか・・・全くもって意味不明だった。

4年ぶりに再会した父は、集中治療室でたくさんの管につながれていた。入院直後から看ていた妹から結構ヤバイと言われており、かなりひどい状態を想像しておいたので、衝撃はあったが耐えられるものだった。部屋にはモニターがたくさんあって、ピコンピコンと脈拍を示す音が鳴っていて、まさにドラマと同じ世界。

胃液を吸い取る鼻の管と呼吸を補助する口の管が挿管されているため、会話ができない。父は指で何かを表現しているが、それも分からない。医師からは、かなり念入りな治療説明があった。これから管を抜くから、2時間ほど待合室で待っていてほしいということだった。管をすんなり抜ければいいが、自分で呼吸ができないと再挿管をすることもあるという説明を受けた。

待合室では、他の家族がシクシクと泣いていた。救命病棟って、そういうところだよなと思いながら、壁を見たらドクターヘリの写真があった。今度はミスチルのHANABIが頭を駆け巡った・・・コードブルーは来月スタートする。

2時間後、再び集中治療室へ

父に「せん妄」があると医師に言われていたので、かなり構えながら集中治療室へ向かった。緊張のご対面・・・。

蚊がいるし、看護師はすぐこねぇし

抜管直後から、医師や看護師に対する暴言を吐く父がそこにいた。

くどひろ
こういう時は、感謝の気持ちが大切だからさ
(脳梗塞もやっているので)もうさすがに懲りたでしょ?
懲りてねぇ・・・

本当は病状を知りたいか、お金をどうするか、保険の手続きはと、今後やるべきことを父に質問して、処理できればと考えていた。でも、血圧がすぐ上がってモニターがピコンピコンいうし、死ぬとまずいので、ニコニコだけしてしれっと退散することにした。

その日を含めて3日間、救急病棟に通った。日ごとに管の数が減る一方で、悪態をつく回数は増えるという・・・もちろん回復している証拠だが、病理検査の結果が数週間かかるので、何の病気かも分からない。本人も病名を知ったら、急におとなしくなるかもしれない。穴の開いた小腸を切ってつないで、取り切れないところの病気はなに?というところで終わった。

説明書をいつもお世話になっている方々に読んでもらったら、病院としてリスクを最大限に書いてあるだけということだった。訴訟が増えると、こういうところにしわ寄せが来るのかと思った。あの説明書を読めば、家族は誰でも終わったと思うはず。しかし、プロが見れば、よくある文言が並んでいるだけということだった。この事実を教えてもらっただけで、どれだけ救われたことか!

急性期病院なので、想像以上に早く来る退院、そして次の病院・・・1回経験しているので、やるべきことは分かっている。もし父が認知症だったら、うまく説得できる自信がある。でも頭は冴え、態度はワガママ、でも体は満身創痍という微妙な父を、いかに手なづけることができるか・・・

正直、入院している方が安心で、退院したら自分勝手に死に急ぐ可能性が高い。それも本人の人生だからと思いつつ、どうやってうまいこと回復までの道筋をつけるか、考える必要がある。

その後一般病棟に移され、氷をなめることしかできなかったのが、食事をとれるようになったので一旦帰京した。すべては病理検査次第・・・考えてもしょうがないから、結果が来たら行動する。

ということで、皆さんもヤバイ処置説明書を見せられたら、病院がめいっぱい訴訟リスク回避しているという目も持ったほうがいいというのが、今回のオチ。久々の急性期病院、やっぱりちゃんとしている。わたしの目の前で、電子カルテの使い方が分からず、看護師を呼んだおじいちゃん医師の居た療養型病床とは全然違う(笑)

今日もしれっと、しれっと。

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2 件のコメント

  • くどひろサンとお父さんのエピソードも、ほっこりしました。くどひろサンの人柄ですよね。
    「死ぬとまずいので、ニコニコだけしてしれっと退散することにした。」こういう風にしれっと考えられたら、どんな時も不必要に苦しくならないですね。
    1ヶ月ぶりの帰省で、母の介護フォローと、祖母の遊び相手をしてますが、酔っ払った父としなくてもいい喧嘩までして、距離感を見失ってました。
    今回も「ニコニコだけしてしれっと退散することに」します。また来月末も帰省予定なので。
    介護はしばらくずっと続くので、しれっとくらいの心持ちがやっぱりいいですね。

  • アラサーちゃんさま

    そう解釈して頂けて、ありがたいです。確かに不必要に苦しくならないかもしれません。酔っぱらった父としなくていいケンカ・・・分かります、うちは酔っぱらってなくても父から勝手に仕掛けてきます(笑)

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住の介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ものがたり診療所もりおか地域医療推進室非常勤。祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月、2回目の介護離職、同年11月祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を継続中!連載:介護ポストセブン(小学館)認知症ONLINE(ウェルクス)、著書:医者は知らない! 認知症介護で倒れないための55の心得 (廣済堂出版)医者には書けない! 認知症介護を後悔しないための54の心得 (廣済堂出版)