わたしが不在のときでも、認知症の母を支えてくださっているケアマネさん、ヘルパーさん、理学療法士さん、訪問看護師さん。
毎日誰かしら、必ず母の家を訪問してくれて、買い物やゴミ捨て、デイ送り出し、目薬、認知症の薬持参、点滴、リハビリを行ってくれます。
この中で1番お会いするのは、理学療法士さん。なぜかというと、ヘルパーさんはわたしが家に居るときは来ませんし、訪問看護師さんは2週間に1回の訪問。タイミングが会わないと、数か月会えないこともあります。
しかし理学療法士さんは毎週の訪問なので、一番お会いする機会があり、訪問リハビリにいつも立ち会ってます。
訪問リハビリのときの母の会話
理学療法士さんと母との会話の中身は、ほぼ100%こんな感じです。
母の認知症の症状の特徴は、1分かからずに、同じ質問を繰り返すことです。5秒後に同じ質問をする日も余裕であり、1秒間16連射でおなじみの高橋名人でも目指してるのか?と、言いたくなるくらいです。
訪問介護でお世話になっている皆さんは、母の同じ質問に対して、笑顔で何度でも答えてくれます。
理学療法士さんは訪問リハビリの40分間、母の同じ質問に耐え切れば、母から逃れられます。1週間に1回なので、しれっと同じ質問を受け流せるかもしれません。しかし、3年お世話になっているので、同じ質問をわたしが居ないときも何度も受けつづけ、蓄積したダメージは相当なものだと思います。
これだけ母が連射しまくっていたら、ファミコンのコントローラーのボタンも、バカになってるって話です。定規を使って、ボタンを連射したんじゃないかってくらい、精神的ダメージがあるのではと。
それも仕事と言ってしまえばそれまでなんですが、わたしだったら、さすがにイヤになるかもしれません。中には耐えられず、暴力を振るってしまう介護職の気持ちも、なんとなく分かる部分もあります。
介護家族として、何かできることはないか?と考え、わたしはこんなことをやってます。
わたしなりの小さな小さな配慮とは?
わたしなりに小さな配慮をしたときの会話はこうなります。
このように、理学療法士さんが何度も何度も答えるところを、わたしがカットインすることで、母の質問に答えずに済むようになります。
訪問看護師さん・ケアマネさんに対しても、同じように何度も何度も質問するのですが、それもわたしがカットインします。
母も「その瞬間」は、わたしの答えを理解しますし、訪問看護師さんも答えずに済み、ストレスが減ります。わたしは母の速射砲の前に盾を持って現れ、さえぎったという「守った感」があり、三方良しなのです。
わたしだけなら、母の連射にイライラするところですが、誰かのために守るという気持ちであれば、何度でも答えられるというこの不思議。
認知症介護している皆さん、ぜひお試しください!と言えるノウハウではありませんが、小さな小さな配慮をすると、妙な達成感と満足感が得られるから不思議です。
誰かのためになら、頑張れるということなんだろうな。
今日もしれっと、しれっと。